律義なる者ならでは武邊はせぬよし、昔より云傳へたり。加藤主計頭淸正剛の者をほしく思ひ、一生の間目利に心を盡し、人相迄を稽古致されしかども、其術を得られず。唯律義者に武邊者多し、と言はれしとなり。又加藤左馬助嘉明も申されしには、氣さきのけなげなる者は、人の目を驚すほどの働をするといへども、踏つめたる武功は律義なる者にあり。例へば賴みもなく、旦那の威衰へて人々二心を持つ中に、獨義を守りて心がはりなき强みは、律義者ならでは無き事なり。諂者は假令萬一に一旦の武邊ありても曾て賴にならず。旦那の出頭を心掛、知行を取りて人に笑はるゝをも恥とは己も知れども、其恥を恥しとも思はぬ者は、旦那を殺しても身の爲のよき事ならば爲べきなり。僞と貪とは品はかはれども、落著は同じ事なり、と云はれしとなり。新太郞樣にも常に、諂者に知行を與へ置くは、盜賊を抱へ置くと同事なり、と仰せられし由、智者の詞割符を合せたるが如し。