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○石田が子の僧助命の事

卷之十六 第8話 · 段落 1 · NDL 1078984 268コマ L

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關ヶ原の亂收りて後、東照宮本多正信を召して、石田が子、妙心寺の內永壽院が弟子にて僧となりしを、寺中一同して、重罪の人の子なれ共、幼き時より出家したる者なれば赦され候へ、といふは如何に、と仰せ有りければ、正信、疾くにも御赦されの有るべき事に候。治部は德川の家に大功をなしたる者なり。治部由無き軍を起し、西國中國の大名を語ひ候ひしに、一戰に打負けたる故にこそ、日本六十餘州皆德川家に歸服致し候へ。治部が存立ちしより斯く日本は從ひぬれば、德川家に大功を成したるには候はずや、と申しければ、東照宮、汝が理屈もさる事なり、と仰せられて、かの僧御赦されを蒙りければ、岡部美濃守宣勝懇にして、和泉の岸和田にて終りけるとかや。