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宇喜多秀家
本文表記 秀家・浮田秀家・浮田・浮田八郞秀家・中納言秀家・中納言殿・中納言め・備前の秀家・備前中納言浮田秀家・備前中納言秀家卿・、備前中納言秀家・。秀家・備前秀家・秀長・備前中納言・宇喜田秀家・宇喜田
秀吉浮田を欺きて上洛の事 卷之五 · 2
東照宮聚樂にて秀吉公に御對面の事 卷之七 · 1
- p03…、東照宮止事を得ずして許容まし〱けり。偖聚樂の城門にて毛利、浮田を始め居並びて拜謁し、さて茶を奉りて後、東照宮彼羽織の事を仰…
豐臣關白五腰の刀の主を察せられし事 卷之九 · 1
- p01…し候よ、と驚きたりければ、秀吉笑ひて、何の子細も無きぞとよ。秀家は美麗を好むが故に黃金を鏤めたる刀是なるべし。景勝は父の時よ…
上杉景勝大人氣なる事 卷之九 · 1
- p01…し事にしあれば、上方に於て石田三成豐臣秀賴の命を矯り、毛利、浮田、島津、小西諸將と倶に兵を擧げて美濃路に差懸りける。家康此由…
馬場重介武功の事 卷之十 · 4
朝鮮南大門合戰附後向の備の事 卷之十 · 2
國富源右衞門組討の事 卷之十 · 1
- p01…南大門の軍に明の兵を追かけ、秀家の士國富源右衞門とて剛の者大力なりしが、爽に鎧うたる敵に追附…
加藤光泰大言の事 卷之十 · 4
戶川肥後守秀吉公を負ふ事 卷之十一 · 1
- p01…浮田秀家伏見にて秀吉を饗しける時、廊下より行く處の白砂の上に、戶川、…
細川忠興忠告の事 卷之十一 · 1
- p03…弊に乘らんと料るものに候。兩雄相鬪ひて亡びなば、安藝の輝元、備前の秀家などを大將として、吾等が如き者は手も無く攻平げなん所存見顯し…
七人の大將石田を討たんとせられし事 卷之十二 · 1
- p01…くにぞさだめける。三成が士大將、島左近昌仲三成に勸めけるは、秀家、秀詮も兩端を持するにや、覺束無く候。佐和山の軍兵を計るに、…
秀家夜討せんといはれし事 卷之十三 · 2
株瀨川合戰の事 卷之十三 · 2
林半介殿の事 卷之十三 · 1
- p01…を取りぬ。斯て兩軍物別する時、稻葉助之丞は金の切裂の指物にて秀家の軍士の殿し、林は白じなひの指物指して乘り退り殿しけるが、猶…
飯尾甚大夫一騎先駈の事附成合平左衞門が事 卷之十三 · 1
- p01…は豐後國富來の垣見和泉守が兄利右衞門が子にて、五千石の祿にて秀家に奉公し居たり。…
大谷吉隆平塚爲廣最後合戰和歌贈答の事 卷之十三 · 1
- p01…は遂げ得難し。石田殿は智有りて勇足ざるかと存じ候。今度毛利、浮田も皆假に同意したる人々なり。必ずしも賴みとす可きに非ず。水口…
細川忠興の北の方義死の事 卷之十四 · 1
- p05…地一重踰えて落ちさせ給へや、とて宮川殿は建仁寺忠隆の北の方と浮田秀家の北の方に忍び行きて、此禍を遁れたりとかや。誠に義烈のみに非…
伏見落城の事附鳥居忠政雜賀孫市を饗されし事 卷之十四 · 1
- p01…平を使にしけり。元忠對面すれば、增田が申し候には、今度輝元、秀家、景勝德川殿と弓箭をとり、九州中國の諸大名皆同心せられ候。斯…
石田三成生捕らるゝ事 卷之十五 · 1
- p05…見るに、德川殿を打亡さずば遂に豐臣家の爲によからじと思ひて、秀家、景勝を始として同心無かりしを、强ひて勸めて遂に此軍をば起し…
浮田秀家八丈島へ配流の事 卷之十六 · 3
小早川隆景遺訓の事 卷之十六 · 1
- p01…安藝中納言毛利輝元は、關ヶ原の時秀家と共に德川家に弓箭を取られしかども、關ヶ原に自ら赴かざるの故…
後藤又兵衞が事 卷之二十二 · 1
- p02…正則同心無くて、丹波行きて斯くと傳ふ。此より前關ヶ原の軍に、浮田秀家の兵七八十人亂れ足に成りて、正則の軍の前を落行きしに、丹波卑…
高麗攻南大門合戰物語の事 拾遺 卷之一 · 3
關ケ原御一戰御勝利稻次右近高名の事 拾遺 卷之二 · 5
- p01…せ、中村が陣中を通りけるに、見る人譽めぬ者はなし。其場過ぎて備前秀家の家老明石掃部三百餘にて、池尻より福田繩手へ廻懸り來り候。中…
- p01…此有馬玄蕃頭も田中兵部も、中村一學を助けて多勢にて懸り候故、秀家內稻葉助之丞金切さきさしもの治部が使番林半助乘下り〱殿…
- p02…瀨川に到り、中村が兵士を引取らせ、忠勝は後殿して退きけるに、秀家、三成兩家の兵士猶喰留めんと勇みけれども、本多が繰引の列伍亂…
- p02…が繰引の列伍亂れざる故に、さすがひら附にもえせず扣へけるが、秀家の軍士稻葉助之丞金切さき枝釣の背旗さす三成家人林半助…
- p03…々足手を使ふ樣に下知して引取り候。能見物なり、と人々申し候。秀長、三成人數も漫々と棚引大垣城へ引入れ、其勢の內に白しなひ差し…
同役岐阜落城の事 拾遺 卷之二 · 1
- p01…を憤り、さらば大坂の城を攻めん、とて進み行く。此時石田三成、浮田秀家、島津義弘、小西行長、其勢二萬許、岐阜の落城せし事を不聞、…
同役石田三成浮田秀家が諫を用ひざる事 拾遺 卷之二 · 1
- p01…同役、源君赤坂に御著陣有り。浮田秀家勢州より大垣の城に來り、三成に對し、今日東國より上りたる諸軍…
同御合戰毛利秀元戰場にて東方へ返る事 拾遺 卷之二 · 5
- p01…けて則ち藤小川を打越し、小關村の西巽に向つて段々に備へしむ。備前中納言大谷刑部少輔、平塚因幡守、戶田武藏守、同內記等は山中峠に人數…
- p01…し、靜に懸り合戰、身方犇と取結び、地煙を立て攻戰ふ。さる程に宇喜田秀家無二の西方太閤の御時より五大老の其一人、今日の長將なれば、八…
- p01…して、福島先手へ平懸に懸り、面を振らず突立追崩し、二の手より秀家采配を振り正則ともに討取り、天下の面目に備へよ、と息をもつが…
- p01…、と下知し給へば、福島勢盛返すと見る內に、惣返と返し勇懸る。宇喜田勢を旗本ともに追崩す。此時秀家千の備なりとも、二の味方に用ひ…
- p01…見る內に、惣返と返し勇懸る。宇喜田勢を旗本ともに追崩す。此時秀家千の備なりとも、二の味方に用ひ給はば勝軍なるべし、と云へり。…
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