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○加藤光泰大言の事

卷之十 第11話 · 段落 1 · NDL 1078984 183コマ R

人物地名家(氏)官職日付索引へ

朝鮮にて秀家を始め都城に在りしに、加藤淸正進んで行程數日を隔つ。諸將粮盡きんとする時、加藤遠江守光泰獨云く、淸正都城を放れて敵に向ふ。人々都城を去つて食に就かんとせば淸正を捨殺すべし。今爰を去る者は復男子の交は非じ。淸正を捨てん事日木1の恥なり、といふ。人々粮旣に盡きたり。如何せん、と言はれしかば、遠江守怒つて、砂を喰はんものを、といふ。砂は喰れまじ、といへば、遠江守居丈高に成りて、汝等砂を喰はん樣よも知らじ。我敎ふべき、とて福島正則を屹つと見て、如何に市松何時の間に大きに成りたるぞや、とて又秀家に向ひて、今までは中納言殿と敬ひ申したりき。今日よりは中納言めと申すべし。淸正を捨殺し、恥を異國に晒す人々なり、と言ひ捨てて座を立つ處に、淸正粮盡きて都城に引退き、三里許の近所に陣したり、と告げ來れり。遠江守は淸正と生死を同じくせんと思へるに免れけり。
  1. 誤植 — 底本「日木」。「日本」の誤植か。