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○吉田又助川幅を積る事

卷之十 第12話 · 段落 1 · NDL 1078984 183コマ L

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朝鮮の平安川は深さ八九尋、四五百石積の船の往來有りて、日本にては見ざる大川なれば、川の廣さを諸家の士或は七八町十町、或は十二三町有らんと言へ共審ならず。黑田長政の士吉田六郞大夫稚名六之介、後壹岐、此時六郞大夫といへり又助父子に見積り候へ、と下知せらる。斯樣の事に慣れず候故覺束なし、と辭すれば、父子が組に巧者も有るべし、と言はれて、翌朝又助組の士を引具し、川岸に出で、川の向に朝鮮人三人見えたり。又助、小柳權七は長高き者なり。彼向の人退がざる間に急ぎ堤の上を行くべし。指物を振る時踏み停れ、と言含め、權七走り行き、其丈向の人と等しく見ゆる時、指物を振りたれば立停りぬ。卽其間を打ちて見れば八町五段なり。長政聞きて、又助二十一歲老功の者にも劣らじ、と稱美せられけり。