秀吉島津を伐たるゝ時、秋月種長小熊の城を出て、秀吉の陣に至り降參しければ、秀吉對面降參の禮を受けて後更に心置く事無し。家に傳はりたる楢柴の茶入とて名高き物有るとこそ聞け。あはれ一目見ばや、と問はれしに、種長、速に取り來り候べし、と云ふ。秀吉、然ば使を以て取寄せよ、とて秋月の從者を返して彼の茶入を取來る。秀吉見て、聞きしに優れる物なり。家の寶たれども我に得させてんや、と懇に言はれしかば、種長、旣に兜を脱いで參り候上は、何條惜む可き樣の候べき、と申す。秀吉殊に悅ばれ、久しく我陣所に在りて軍兵共怪しみ危む可きよ。疾歸れ。我を防ぎしは弓箭取る身の習なり。降參の上は吾恨露も不㆑殘、領地本の如くなる可し、と言はれしかば、種長悅びて馳歸る。種長が士卒、若秀吉種長を害せらるゝならば、秀吉の陣に駈け入り、切死にせんと思ひ定めて居たりけるに、歸りて委しく秀吉の詞茶入を乞はれし有樣を語りければ、皆、思ひも寄らぬ事よ、と言ひ合へり。斯くと聞傳へて九州の敵多く戰はずして降參せり。