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島津氏
本文表記 島津・島津家・薩摩・島津が家
仙石權兵衞九州に間者の事 卷之八 · 1
- p01…秀吉島津を討たんと思ふ事年久し。天正十三年仙石權兵衞を商人の體にして…
島津家久島原合戰の事附惠藤某が事 卷之八 · 3
高橋紹運討死の事附立花統增薩摩に囚るゝ事 卷之八 · 6
- p06…を蔑にし、天道に背かれし故人心散々に成り、滅亡近きに候とて、島津に屬せられ候やうに申し給はらんや、と言へ共、紹運節義を說きて…
- p06…說きて屈服の色無く、來春は關白九州へ兵を出さる可く候。然らば島津家の存亡も計るべからず。主の盛なる時は忠を致し、衰へたる時も操…
- p06…し、衰へたる時も操を替へざるを以て、弓箭取る身の道とす。各達島津家滅亡の時に臨んで、躬を隱す謀を廻らされ候へ。只今夥しく目に餘…
- p06…共十萬の軍兵の覺にて候間人質を一人賜りなんや。然らば此後大友島津和談は、紹運公の心に有るべし。事成りたらんには其時人質を返し…
- p06…運公の心に有るべし。事成りたらんには其時人質を返し、九州一統島津に屬しなん。其後中國に押渡り、島津家天下に旗を立て候べし、と…
- p06…は其時人質を返し、九州一統島津に屬しなん。其後中國に押渡り、島津家天下に旗を立て候べし、と云ひ送りしかば紹運許容せず。人質を關…
薩摩勢根白の砦を攻むる事 卷之八 · 5
- p01…天正十五年二月秀吉島津を討たるゝ時、大和大納言秀長、近江中納言秀次八萬餘、島津が豐…
- p01…秀吉島津を討たるゝ時、大和大納言秀長、近江中納言秀次八萬餘、島津が豐後府內より薩摩へ引退く後を追うて亂れ入り、高城賤部の城を…
- p01…廣政、鹽屋隱岐守光成、福原右馬助直高一萬餘にて守りけり。是は島津が後卷を防がん爲なり。頃は四月十七日の朝、島津使を根白にたて…
- p01…守りけり。是は島津が後卷を防がん爲なり。頃は四月十七日の朝、島津使を根白にたて、高城の城を渡すべし。士卒を助け給はり候へ、と…
- p01…る所に井上伯耆就遠、浦兵部宗勝、古き背破の物具著て進み出で、島津は今日の客人なり。訪ひ來るに出迎はずば弓箭の禮儀に違ふべし。…
巖石城合戰坂小坂先登の事 卷之八 · 1
- p01…秀吉島津を伐たるゝ時、蒲生氏鄕、前田利長巖石の城を攻めらるゝに、氏鄕…
秋月種長降參の事 卷之八 · 1
- p01…秀吉島津を伐たるゝ時、秋月種長小熊の城を出て、秀吉の陣に至り降參しけ…
新納武藏守豪氣事の 卷之八 · 3
島津義弘關ケ原退口の事附大坂の商賈義氣の事 卷之十三 · 3
三刀谷監物田邊城に籠る事 卷之十四 · 1
- p01…とて安國寺が招を辭み給ふぞ、と云ひけるに、孝和聞きて、石田、島津に叛かせ、內府を引附け軍を起させ、後にて京大坂を取り占めん謀…
黑田如水豪氣の事 卷之十五 · 1
- p01…を取らんと思はんには、いと易き事なり。筑紫をば皆打平げたり。島津のみ殘りしかばあつかひを懸けて味方とせん。若し楯つかば攻破ら…
東照宮松倉市橋堀桑山別所五人へ御遺言の事 卷之二十三 · 1
- p01…を追討たざりし時、別所諸大將の前に馬を乘迴し、先年筑紫にて、島津が退口を尾藤が慕はざりしを太閤怒られき。只今追駈くべき圖を外…
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