源君或時の戰に、久世三四郞、坂部三十郞を遣し、敵合の樣子を被㆑令㆑見。兩士御前を立つ時に、坂部は顏色勇み進みたる體にて退出す。久世は顏色快からず、その品惡し。御前に居られたる小姓の中に、久世が體を笑ふ人あり。源君御扈從の方に向はせ給ひ、坂部は生得の剛者なり。此故に敵を何とも不㆑思して、心に勞する事なし。久世は生得坂部に及ばず。然れども勤勵みて武勇を働かんと思ふ故、少しも樣子二方ならば生きて有るまじ、と覺悟する故心に勞あり。今見よ、久世は坂部より二三町も深く働き、能く見屆けて歸るべし、とぞ仰せらる。程無く歸り來り、坂部より久世四町許先達て、能く見屆けて敵の樣子を申上ぐる。源君其後右の兩士を評して、久世は心に剛なきを知つて、生得の剛有る者に不㆑劣と勵む故、其働一際蹈占めたる處有りて奧深し。彼が武功は何時とても成り易きものと覺えたれば、怠る意ありて不㆑錬處あり、と仰せらる。品替りたれども是に同じきもの有り。觀世左近は謠に名を得たる者にて、剃髮して安休と號す。人に語りて、謠に三病有り。聲の能きと、覺の能きと、拍子の能くきゝたると、此の三事備る者、多くは謠に不㆑成して止む。これ器川1を賴む者は、自ら滿てりとす。此を以つて工風不㆑積、功勞を不㆑重ば、諸藝の奧意を知らざる、と云へり。
- 誤植器川 — 底本「川」。「用」の誤植か(「用」の横画欠け)。