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○幸田彥右衞門が母義死の事

卷之六 第6話 · 段落 1 · NDL 1078984 119コマ L

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織田信孝秀吉と弓箭を執る時、信孝の乳の人を人質に秀吉の許に出し置かれしを、磔にして誅せらる。彼の乳の人の子は幸田彥右衞門とて信孝の士大將なり。是より前秀吉信孝の長臣等を謀はるゝに、岡本下野守は同心して信孝に背きけれども、幸田は背かず。幸田が母誅せらるゝに及びて子の彥右衞門に書を送りて、我今空しく成る事努々歎く可からず。親は必ず子に先だつ習なり。唯忠義を守りて君にな背き參らせそ、と言ひ遣はしければ、聞く人感じ合へり。天正十一年四月十八日秀吉の先陣信孝の地に攻入る時、幸田兄弟潔く討死したりけり。幸田が母は實に漢の王陵が母の志とも云ひつべし。但し王陵が母は天下を知し召す可き高祖の事を識りたれども、只今危難に迫れる織田家に忠を盡せと言へる、眞に稀有き事なるべし。