e205.p01校訂済165L:3–7別北條亡びて後、秀吉石垣山の本陣に諸將を集めて酒宴に及ぶ時、信雄は舞の上手と聞き、天晴一曲觀申し度し、と秀吉言はれしに、信雄吾を侮ると口惜くや有りけん、不吉の詞を舞れたれば、秀吉、斯る悅の中に忌々しき事共心得ず、とて那須に追遣られけり。此時までも千餘騎の士を具せられしが、僅に打連れて那須に赴かれぬ。時を計らず勢を知らず、無益の空言に國を失はれし事のうたてさよ、と人皆言ひ合へり。