常山紀談本文データベース

目次 › 卷之十四 › e341

○田邊城勅命に依りて和平の事附細川幽齋古今集傳授の事

卷之十四 第10話 · 段落 9 · NDL 1078984 242コマ R

人物地名家(氏)官職日付索引へ

大坂の軍兵一萬七千を以て田邊の城を攻る。細川忠興は奧州に赴き、父幽齋城に有り。三刀谷孝和大剛の人にて度々切つて出で防ぎ戰ふ。幽齋和歌に長じたる人なり。古今集の秘訣爲家卿の記されしを殊に祕藏せられしが、兵火の爲に焚けん事を桂光院知仁親王慮らせ給ひ、使を以て、彼の古今集、源氏物語を禁裏に參らせよ、となり。又烏丸大納言光宣卿勅命を奉りて城に赴き給ふとも言へり。則其書を奉るとて、
いにしへも今もかはらぬ世の中に心のたねを殘す言の葉
あけて見ぬかひもありけり玉手箱ふたゝび返す浦島の波
浦島やひかりをそへて玉手箱あけてだに見ずかへす波哉
一說、藤原公國卿早世ありて、其子實條卿幼かりしかば、和歌の口傳を幽齋に傳へられけり。後に幽齋實條卿を田邊の城に迎へとりて養育し、悉く授けられしに、古今集の說は未傳へられざる中に朝鮮征伐の起りしかば、弓箭取る身は討死の程計り難し、とて古今傳授の事書きたる書の箱を烏丸大納言光廣卿へ贈られ、預け參らする間、朝鮮に渡り若討死せば實條卿へ渡し給はり候へ、とて添へられし歌、人の國ひくや八島も治りてふたゝびかへせ和歌の浦なみもしほ草かき集めたる跡とめてむかしに返せ和歌の浦波光廣卿の返に、萬代をちかひし龜の鏡しれいかでかあけんうら島がはこ其後秀吉遺言して、豐後臼杵を幽齋の男忠興に換へ與へられしかば、光廣卿より筥を返すとて、あけて見ぬかひもありけり玉手箱ふたゝびかへる浦島の波幽齋田邊の城を守られし時、勅命により三條大納言實條卿へ附し傳へられしに、一首の歌あり。いにしへも今も變らぬ世の中にこゝろのたねを殘す言の葉