秀吉大坂にて馬揃の時、千貫矢倉に上り觀られしに、黑き馬の太く逞しきに乘りて、紅の沓を後輪に附けたる者有り。何者ぞ、と問はるゝに、德川家の士成瀨小吉なり、と申す。祿は如何に、と問1るゝに、東照宮、二千石與へ置きたり、と仰せられしに、秀吉、天晴吾に奉公せば五萬石與ふ可き、と言はれしに、其後東照宮成瀨を召して、云々の事有りき。秀吉に仕へなんや、と仰有りければ、成瀨承り、こは御情なき事に候、と申す。否とよ、汝秀吉に奉公せば我爲にもよかりなん、と仰せられしに、成瀨淚を流し、不肖の身祿を貪り、主君を捨て奉らん者と思召しけるを知ざりけるも愚に候。只疾く自害して心を證さん物を、と申ければ、其由を秀吉に御物語有りけり。後に東照宮長臣數多召され、古に聞きし三尺の孤を託すべきと言ひし人は成瀨にてこそ有れ、と仰せられけり。小吉正成後隼人正と言ひしなり。
- 誤植如何に、と問 — 底本「問るゝに」(「問」と「るゝに」は次の列にまたがる)。「問はるゝに」の「は」の脱字か。