同じ日秀賴は樓門に打出でて、灑金を緋威にしたる物具著て、
太閤の時より傳へられし金の切さき二十本、茜染の吹貫十本、玳瑁の千本鎗を並べたて、太平樂と名附けたる七寸有りし黑の馬引立てられし所に、先陣皆敗北しけると聞えければ、今は是迄なり。敵の中に駈入り討死せん、と進まれしを、
速水時之、今打つて出でたりとも勝利候まじ。疾く本丸に入らせ給へ、とて引返す。斯りければ士卒散々に成りて馬標を棄てたりしに、
伊藤武藏守後れて歸り入りしに、是を見て、
朝鮮迄聞えし
豐臣家の馬標を敵拾ひなば、
大坂城中に男子は一人も無きと日本國中の物笑とならん、と言ふ儘に、手づから振りかたげて、城中千疊敷に歸り入りけり。