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摂津大坂城
本文表記 大坂の城・大坂城・蘆田曲輪・蘆田矢倉
細川忠興の北の方義死の事 卷之十四 · 1
- p01…みてけり。石田西國の諸將を談ひて兵を起す時、諸大名の北の方を大坂城中に取入れんとするを、北の方聞きて、傅に附けられし河喜多石見…
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 1
- p18…ひ置べき事にこそ、と言合へり。大介は城中に入り、秀賴に從ひて蘆田曲輪の矢倉に籠りて父の事を尋ねけるに、討死せしと聞きて夫より物も…
毛利勝永大坂に入る事 卷之二十 · 1
- p01…豐前が妻罪する事有る可からず、と懇に仰せ有りければ、豐前が妻大坂の城中に入りけるとぞ。…
藤堂家合戰渡邊勘兵衞功名の事竝渡邊始末の事 卷之二十一 · 1
- p03…軍兵をだに賜はらば、疲れ果て氣おくれしたる敵を殘らず打破り、大坂の城をば藤堂一手の武勇にて攻落し申すべし。疾軍勢を寄せ給へ。平野…
伊藤武藏守馬驗を拾ふ事 卷之二十二 · 1
- p01…り入りしに、是を見て、朝鮮迄聞えし豐臣家の馬標を敵拾ひなば、大坂城中に男子は一人も無きと日本國中の物笑とならん、と言ふ儘に、手…
長曾我部盛親生捕らるゝ事 卷之二十二 · 1
- p01…長曾我部盛親は大坂の城落ちしかば、落行きて葭の中に潛まり隱れ居て、其臣中內惣右衞門…
後藤又兵衞が事 卷之二十二 · 1
- p01…後藤又兵衞政次、秀賴に招かれて大坂城中に有りけるが、夏の軍評定に、政次、國府越くらがり嶺に打つて…
同役岐阜落城の事 拾遺 卷之二 · 1
- p01…、幸山伊賀守等は、城早く落ちし故手に不合ことを憤り、さらば大坂の城を攻めん、とて進み行く。此時石田三成、浮田秀家、島津義弘、小…
中院內府幼き宮に後見の事竝本多佐渡守謀計の事 附錄 雨夜燈 · 1
- p01…はず。況てや下の情は夢にだにも合點無く、あへなく終に滅亡し、蘆田矢倉にて自害し給ひ、日本の主を失ひ申されし事、本多正信の計なるべ…
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