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○中院內府幼き宮に後見の事竝本多佐渡守謀計の事

附錄 雨夜燈 第15話 · 段落 1 · NDL 1078984 445コマ L

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靑蓮院の宮にや、幼き宮方に中院前內府通茂公御後見たりしに、或時將棊盤のあるを見て、家司坊官を呼びて、何とて斯樣のはしたなき物を置きたるぞ。はしたなき業は本よりあしければ、假令有りても、御年ゆきての後は御心附きて止事も有るものなり。是等はさして惡事にあらざれども、此事に慣れ空しく月日を過し、御學問の御志怠るものなればあしきものなり、と云はれけり。誠に內府公の詞尤至極たるべきなり。又或時其宮へ出入する者、尺八の名高きを御目に掛けたり。大事の器とて折紙など附けたり。かゝる所へ內府公御入り有りて、是は誰が業ぞ。斯樣の物御目にかくる事やある、と云ふまゝに、柱に打當てて碎かれけり。其後尺八の主參りけるに、其由を語り聞せ、返す〲寶物打碎かれける事氣の毒なり、と坊官など云ひしに、尺八の主、少も苦しからず。唯私の持ちたると內府公の聞し召されん事恐しく候。御聞なきは私の仕合なり、と申けるとぞ。其子通躬卿も嚴なる人にて御座しけり。人の後見にかゝる人をつけ度き事なり。豐臣秀賴に權現樣御對面の後、本多佐渡守正信を召して、秀賴はかしこき人なり。中々人の下知を受くべき人に非ず。父太閤の跡を繼ぎなん、と驚き給ひて上意ありけり。正信承り、いや私はかり事にて、秀賴卿を愚になし申さん事、いと安き事に御座候、と申して退出しけり。秀賴卿の御臺所は、將軍樣の御娘にて御座しましければ、佐渡守御臺所の上臈女房に對面し、すべて上下共に女は嫉妬を惡しき事の至極とせり。秀賴卿は日本の主にて御座候へば、御召仕の女房大勢なくて不㆑叶事なり。何とぞして秀賴卿の御男子御誕生にて、豐臣家の御血脈御相續あるやうに願ふ所なれば、必ず美人を撰み出し、あまた御傍に置かれよ。もし嫉妬する人あらば、女とは云はせじ、我等科に申し行ふべし、と同じく云ひ含めけり。又秀賴卿の近習の面々に逢ひては、御賢く御座なされ候事、大御所殊の外悅びに御座候。常々猿樂を御慰になされ、少々の間も御油斷なく御かゝり御座候やうに有度く候。御養生第一の事に御座候。唯今御年若きうち何かと御心勞の事有りては、鬱症を御煩ひなされ候。此段氣の毒千萬に御座候。ゆめ〱御仕置の事に御心をかけさせられぬやうに、とかく猿樂の謠舞にて御養生第一に然るべき由、身になりがほに大切らしく云ひなしければ、皆尤と聞請けて、秀賴卿色に耽り猿樂を好み給ひ、仕置の事毛頭も知り給はず。況てや下の情は夢にだにも合點無く、あへなく終に滅亡し、蘆田矢倉にて自害し給ひ、日本の主を失ひ申されし事、本多正信の計なるべし。秀賴卿にも中院內府公の如き人後見たりせば、本多の計も徒となるべし。此事は今太平の世なれば、敵國より大名を愚にすべきには非れども、今の大名は皆家老を初て重き用人の爲に愚に成り給へる事ぞかし。其子細は、主君下の情を知り能人を用ひ給へば、己が恣なる事なり難き故、如何にもして主君を愚にならせ給へと、明暮心の中に願ふ事、和漢同じためしにぞある。此所だに大名の辨へ知し召されんには、人にだまされ給ふ事あるべからず。