堺の鞘師始めて太閤に謁しける時、太閤、汝の姓名は何と申するぞ、と問ひけるに、其者の對ふるやう、臣が姓名は卽ち曾呂利新左衞門と申候。太閤、ハヽア奇な姓も有るものなる哉。して其曾呂利と申す姓には何ぞ所以にても有りつるものなるか、と問はせけるに、又對ふるやう、聊か所以之れ有り候。別に非ず、臣の拵へたる鞘は堅くして曾呂利と入り敢て閊へず。是を以て曾呂利と申候。太閤、這は奇なり、又折節來らるべしと。他日又太閤に謁しけるに、太閤問うて曰く、汝の姓名は何とか申せしな。對へて曰く、曾呂利々々々新左衞門々々々々。太閤怪みて其重言を尋ねけるに、新左衞門の對ふるやう、殿下先きに臣の姓名を問ひ、今又重ねて問ふ。故に臣も亦殿下重問の意に從ひ、同じく重言を以て對へ候なりと。新左衞門或時太閤に對ひ、願くは一日御耳の匂を臭がせられ度し、と有りければ、太閤は不審しく思ひ、頓智夫又何をか爲すらんと疑ひしが、何は兎もあれ宜し、汝がよきに臭がれよ、と許されしかば、大名の御機嫌伺ひに出づる時を窺ひ、太閤の耳根に口寄せて何やら言ふの體なれば、皆々心中密に驚き、頓智夫何を云ふらんか。若しや我れを讒言する者には非ざるか。頓智夫は頗る殿下の寵愛する所なれば、頓智夫が云ふ事御用ゐ有らんも亦測られずと憂ひ、各自邸に歸りて、早々數多の金銀財寶を調へて密に曾呂利が方へ贈りけるにぞ、數日にして金銀財寶山嶽の如く集ひければ、太閤の御前に出で謝して云へるやう、殿下一日の御耳を拜借し御馥郁き匂を臭ぎたる功能によりて、金銀財寶山嶺の如く集ひ來りて、殆ど座するの餘席之れ無く候。是れ全く殿下の御耳の功能なり、と有りければ、太閤も亦呆然として驚愕きけるとなん。又或日の事なりしが、新左衞門太閤の機嫌を取り、頗る其功ありける程に、太閤の申しけるに、何なりと汝の望める物を賜はせん、と有りけるに、新左衞門の云へるやう、臣敢て大なる望みも之れ無く、唯紙袋二個程米を賜はりたし。太閤、开は甚々易き事なり。餘り寡欲の至りならずや、と仰せ有りけるに、新左衞門、是にて澤山なり、と申して退出なせしが、軈て二個の紙袋を張拔き、數十百人を雇ひ來りて太閤の御前に出で、前日御約定の米此に賜はり度し、と米倉二戶前を蓋うたりけるにぞ、流石の太閤も是れには呆れて、暫し言句も無かりける。又或日の事なりしが、甞て太閤數多金銀の蟹を鑄造らせ、之を庭の泉水或は其近邊に放ちて娯樂となしけるが、程經て、見厭きたり、とて近習の者に、何ぞ一用を云ひ出づる者には之を與へん、と申されけるにぞ、皆々大に喜悅び、臣は之を紙押になさん、と云ひ、或は、臣は金の茶釜の蓋も無ければ、せめては是を以て其蓋の取手になさん、と云ひ、或は何と云ひ斯と云ひて各々一個づつ賜はりしうち、新左衞門の乞ふやう、臣は人類の角力も旣に見厭きし事なれば、此の蟹を集へて角力を致さんと存ずるなり、と云ひければ、太閤、角力とありては五個や十個にては其興薄かるべし。悉皆持ち行く可し、と殘れる蟹を皆新左衞門に與へけるとなん。其頓才實に驚くべく感ずべし。