天正二年北條氏政、三萬の兵をもて
佐野政綱を圍まるゝと聞きて、
謙信八千許の兵を率ゐ後詰せられけり。城危しと聞えければ、
謙信、後卷は我に劣らぬ士大將數多有れば心易し。
佐野の城こそ覺束なけれ。先我は城に駈け入りて力を添へなん、とて物具も著けず、黑き木綿の胴服を打冠ぶり、十文字の鎗を橫たへ、僅に十三騎引き具し、
氏政の陣の前を馬を靜に步ませ、
佐野の城に入りたるを、
氏政の軍兵見て、夜叉羅刹とは是なる可し、とて恐れて近づく者も無し。
氏政圍を解いて引退くを、
謙信軈て門を開かせ給へ共、
氏政一軍もせで引き退きけり。