e105.p01校訂済92R:4–8別天正八年七月、東照宮田中の城を攻めさせ給ひ、八幡山に御陣有りて苅田働きあり。勝賴後卷せんとて甲州を打出づる。松平康親が士岡田竹右衞門元次、此比夕立洪水有るべき時なり。大井川は一夜に水出て涉り難し。勝賴血氣の勇將にて候へば、若し俄に押し寄せ候事有らん。苅田終らば疾く川を涉りて、兵を還されて然る可し、と申す。東照宮尤なりとて、川を涉り兵を收め給ふ。果して其の夜大雨激烈しく大井川水出でたり。