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○朝日千介西鄕伊豫を討つ事

卷之四 第29話 · 段落 1 · NDL 1078984 92コマ R

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田中の城を攻めらるゝ時、西鄕伊豫といふ剛の者足輕を引き具し、度々打つて出で寄手を破りければ、東照宮、誰かある、西鄕を討つべき者は、と仰せ有りけれ共、答へ奉る人なし。其夜菅沼大膳が陣に人々集まりて、此事を言ひ出したるに、菅沼が小姓朝日千介後には丹後と申す十八歲なりしが進み出で、討ち取るべし、と言ふ。菅沼聞いて、汝寢言を言ふや、と言ひしに、必定討ち取り申さん、と言へば、去計の古兵も軍し兼つる西鄕なり。手易く討たん事思ひも寄らず。其處立去れ、と罵りければ、側より、否とよ、千介がつら魂並々ならず。末賴母しき若者なり、と言宥めけり。千介、明日を待たれよ。西鄕が首提げて參らん物を、と獨言して退きけり。斯て夜更けて菅沼が愛せし鐵炮を取り出し、曉陣屋を窃に出で、岡部と藤枝の間なる竹林に隱れて居たり。夜明けて西鄕馬に乘り足輕引具して來る。東照宮は岡部の傍の小山に陣して御座せしが、敵又出たると仰せ有りける處に、千介鐵炮をため据ゑ、西鄕を馬より打ち落し走り出で首を取り、駈歸りて斯くと申す。東照宮、天晴剛の者よ、と褒めさせ給へば、是より千介が名高く聞えけり。