e118.p01校訂済102R:6–9別勝賴父子の屍田野にあれども、信長を恐れて慧林寺の僧を始として斂むる人無し。田野の西北四里許に、中山といふ所の洞家の禪僧廣嚴院來りて、勝賴夫婦信勝已下の屍を歛め葬る。其後東照宮甲州を御治め、一寺を建立有りて景德院と號し、田地を寄附あり。小宮山內膳友信が弟の僧なりしを、住持の僧となし給へり。