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○勝賴天目山にて最後の事

卷之五 第4話 · 段落 1 · NDL 1078984 101コマ L

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勝賴滅亡天目山にての事共、甲陽軍鑑には切死に沒せられし由載せたり。甲州の士民の言ひ傳ふるとは異なり。鶴瀨も勝賴に背きしかば、天目山を指して落行かれしに、一揆所々より起りてければ、百姓の家に從ひし婦人共を入れ、傍の人家に茅の有りけるを搬ばせて、出で入る口を塞がせ火を掛けられけり。小高き所に上りて、武田の家代々持ち傳へられし楯無といへる物具を信勝に著せしめらる。土屋總藏肩入の役をしけり。偖て勝賴薙刀を橫たへ、寄せ來る一揆に向はれしを、總藏、屋形は新羅三郞より二十八代弓箭の家を嗣がせ給ひ、今はの際に及ばせ給ふとも、一揆儕に御首を渡し申さん事口惜く候ふ、と諫めければ、尤なりとて物の具脫ぎ、總藏に介錯せさせて終られしとぞ。相從へる人々皆互に刺違へて勝賴の供しけり。總藏と僧の麟岳と殘り止れるが、皆事よく終りしを見屆けて後、總藏自害しければ、麟岳刀を口に銜へ貫かれて死しけるとなり。されば後甲陽軍鑑、天目山の事は元より彈正の筆記に非ず、後の人誤り傳へて書きたるなるべし。