森蘭丸は三左衞門可成が子にて、信長寵愛厚し。十六歲にて五萬石の地を與へらる。或時刀を持たせ置れしに刻鞘の數を數へ居たり。後に信長側の人を集め、刻鞘の數言ひ當てなん者に、此の刀を與ふべき由言はれければ、皆推し料りて言ひけるに、森は先に數へて覺えたり、とて言はず。信長其の刀を森に與へられける。信長森が明敏を試みらるゝ事多かりけれども、一度も過無く、其才老年の人も及ぶべきに非ず。明智が恨有る事を察し、潛に信長の前に出でて、光秀飯を食ひ乍ら、深く思慮する體にて、箸を把り落し稍有りて驚きたり。是程思ひ入たる事別の子細はよも候はじ。恨み奉る事云々なれば大事を企むならん。刺し殺すべし、と言ひけるを、信長、否とよ。佐和山をば終に汝に與ふべし、と言はれけり。此れは森之より先に、父が討死の跡にて候へば坂本を賜れ、と申しけるを、明智に與へられしかば、讒言すると思ひ信ぜられず。果して弑せられき。