竹中重治曰、分に過ぎたる價を以て馬を購ふ可らず。其馬に乘りたる時能き敵と見かけ追詰めて飛下りんと思ふ歟、或は又鎗を合せんと下立つ時、馬副の人の續かざれば此馬人の物に成るべし。又斯る馬は得難しと思ふ心出て期を延す事有り。此能馬故に却つて名を失ふ事も有るべし。かせ士は金十兩にて馬を購はんとするに五兩にて求むべし。惜氣もなく飛下り乘放ちて能き時は捨てもすべし。扨て五兩の金にて又馬を求むべし。馬に限らず此心得有るべきなり。身をも義によりて捨つるぞかし。まして財寶をや。塵芥とも思はぬ心掛常に有るべきこそ士の本意なれ、とぞ。
○竹中重治心掛の事
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北條家の厩を預りし諏訪部といふ者度々功名あり。何れの時の軍にや、勝田八左衞門といふ者と二人物見に出る。敵不意に出でて附慕ふ。二騎引取る時、諏訪部は馬を預る故勝れたる馬に乘りたる故、乘切つて馳歸る。勝田は後れたり。敵追詰めたれば下立ちて相戰ふ。味方助け來れば勝田打伏せられ頭半切られたり。敵引取りたるに勝田助らじと思ふ。勝田手にて頭を持上げ、未だ死せざるに人々は捨てて歸るや、と言ふを聞て助けて歸りけり。勝田も度々の功名あり。後松平右衞門大夫に仕へけり。竹中が論尤士たる者の知るべき處なり。弓箭取る身は朝夕に軍旅の事を論ぜん事有らま欲しき事なり。然らずば必ず天の冥加に盡くべきなり。戰國に生れし人は、其事に臨みて功有りて祿を得たるにてこそあれ。今泰平の時に生れ、父祖の蔭にて祿を世々にするは、天より士の職を命ぜられたるなり。天より命ぜられたる其任を忘れなんには、天の冥加に盡ん事必定なり。又天下の四民の上に在りて下を鎭むる職疎にせんは、口惜かるべき事にこそ。