e301.p01校訂済215R:6–8別岐阜の城攻に、池田家の士南部越後門際に押詰めたるに、門の潛戶狹く、懸けたる母衣に支へて入り得ず。側より、母衣串を拔いて入るべし、と言へ共、否々假令入り得ずとも此母衣は脫くまじ、と呼はる。其中に門開きて馳入りたり。其武者振甚だ見事なりし、と其時の人言ひしとなん。