○小田切所左衞門平野彌次右衞門武者振の事
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城際に近く寄せたるが鐵炮に當り、其玉を取出し、脇に並びたる平野彌次右衞門に見せて打笑ひ、物語する體平生の如し。又玉一つ額に中るを取出したれば、血流るゝに、冑は大事の物よ。此冑は信玄公の許に有りしなり、と言ひて、少しもひるみたる色無かりしとなり。平野も小田切と相並びたる武者振を、敵味方ともに譽合へり。平野が從者五右衞門といふ者矢面に立ち、鐵炮頻に打懸けしかば、かすり手十八まで負ひたる大剛の振舞を、城中より高聲に稱美して、姓名を承らん、といふ。平野則ち五右衞門に吾氏を讓り與へしかば、五右衞門大音あげて、平野彌次右衞門が下人五右衞門といふ者、是まで附きたる褒美に、只今氏を讓られて平野五右衞門と申すなり、と名乘りけるとぞ。