大坂の軍五月六日に井伊直孝打勝ちたりしかば、東照宮より橫田甚右衞門、台德院殿よりは佐久間將監を使に命ぜられ、直孝が陣所に行く。佐久間先に歸りて、直孝、今日の軍に打勝候へ共、川手主水を始めとして討死多く、明日の先陣如何候らん、と申す。東照宮聞召し、聞かぬ體にて御座します所に、橫田歸りて、直孝大利を得て、明日も勝ちたる勢に乘りて、殘る敵を剩さず討取るべしと勇み申す、と申せば、東照宮、さぞあらん、と悅ばせ給ふ時、橫田進み寄り、爰に一つ思慮あるべく候。直孝が軍兵過半手負ひ死人も多し。如何に心早りて候とも、明日の先陣は繰換へられ候へ。直孝畏り候はずとも强ひて仰出され候へ、と申せば、東照宮、我も左思ひつる事よ、とて加賀利常、本多忠朝を先陣に命ぜられけり。陣中の使者は心得有るべき事にこそ。