奧平の長臣奧平源八一に傳八父の讐同姓隼人を討ちしに、相與せる士多し。源八幼くして奧平の家を立去りしに、一味の面々も皆立去りて源八が成長を待居ける。其中に一人の士、妻は稻葉丹後守正通イ勝の家の士の女にて有りけるが、父の許に預け置きしに、頓て讐討つべきに及びて、妻の許に行きて、存ずる旨のあれば離別するなり。何方にても嫁し候ひて、親の苦勞に成り給はざれ、と言ひければ、彼妻聞きて、年久敷隔てなく過ぎ候ひしに、俄に斯く仰せ候は定めて故有るべし。然らずして暇給はりては、親に向ひて如何にいふべき詞も候はず、といひければ、今は包み難くして、誠は云々の子細にて讐を討つに組したれば、其時は討死するか、又は公の咎に依りて殺さるゝか、二つの間に有るべし。御身は年若き人の我死後に艱難すべければ、いたはしくて斯の如く言ひつるなり、と語りければ、彼妻元結の際より髮をふつと切り、讐打すまし給うて相見ゆるまで、此髮いろひ申さじ、と誓言して別れけるとなり。其後讐討おほせて、彼士も散々に働き助太刀して、彼妻の許に行きて對面しけるに、元結の間より髮の長く出でて、元結は其儘有りしとぞ。