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○優婆塞の馬の事附信玄馬を擇ばれし事

卷之二十三 第16話 · 段落 2 · NDL 1078984 360コマ L

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越前忠直叛志有りと世に聞えし比、加賀の前田利常は隣國なれば軍の支度せられしに、物具著て乘るべき馬を擇ぶに、加賀の領國の中二千疋に餘れる中にて、富田越後が馬を擇出す。鹿毛にて二寸五步、飽まで駿馬なり。大庭に旗數百本立竝べ、伏せつ立てつして、金鼓を鳴し鐵炮を打つに少しも驚かず。名をば優婆塞と附けられけり。今一匹とて擇ばれしに、似たる馬も無かりけり。
凡大將の馬を擇ぶに心得有るべきにや。甲斐の武田の家にて米澤といひし者、奧州に行きて馬を求むる時、信玄一首の和歌を書きて與へらる。上馯の中のかんこそ大將の乘るべき馬としれやもののふ信玄五十疋の馬の中に、軍に乘られし馬四足イ目又月栗毛中段とて只二疋あり。甲斐山梨郡とし野といふ所の百姓此四足を養ひ置きしを、米澤見て、又無き馬なり、と信玄に申して、五十貫の地を與へて此馬を信玄に奉りぬ。今泰平久しくなりて馬を擇ぶの理を知る人なく、益なき觀の美に黃金を費す事には成りぬるなり。是皆上より下に至るまで軍旅に明ならざる故なり。