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○小櫃與五右衞門會津神公を諷諫せし事

卷之二十四 第2話 · 段落 1 · NDL 1078984 366コマ R

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會津中將保科正之は、台德院殿の第九男にて御座せしが、殊に豪氣なり。近習の人に向ひて人々の樂む所を尋ねられしに、小櫃與五右衞門と言へる者、臣が樂む事二つ有り。其一つは、家貧しくて奢といふ事を知らず。天より命ぜられし貧を樂む由を申す。其一つを問はるゝに、是は憚る所の候、とて言はず。强ひて問はれしかば謹んで申しけるやう、大名に生れざるを天の冥加と存じ樂む處なり、と答へければ、その子細を問はるゝに、大名は天性賢く御座し候ても、臣下之を馬鹿に取成し候。祿少き身は其師や朋友惡き事を戒め諫め候故に、其身を省みて馬鹿に成らず候へども、大名はさはなく候。臣たる者兎角忤ひては、身の爲善からじと存じて、其主の善き事有れば山の如くに譽め申し、種々の惡き習しを附け候程に、何時となく恣に成りもて行き、夫よりは一言の諫をも申難く候。如何に聰明にても、學問も無く敎といふ事を知らず、善事を辨へ給ふべき樣なき故、馬鹿に成果て候は口惜き事に候はずや。臣大名に生れざるを樂と存候は、此子細に候、と申せば、中將熟と聞召して、能くも言ひたるかな。尤も至極せり。今より馬鹿に成らざる思慮すべきよ、とて賞美のあまり、卽ち二百石の祿を增與へられけり。夫より山崎嘉右衞門を尊信し學問を嗜まれ、後神公と謚せしは此中將の御事なり。