佐野修理亮宗綱は
下總唐澤に在り。
足利の
長尾但馬守顯長と郡邑を爭ふ。或時
宗綱は
岡崎山に陣し、
顯長は
唯木山に屯す。兩山の間に小川あり、之を隔てて日々足輕攻合のみにて未だ勝敗を分たず。時に
顯長兵を還す。其體嚴肅なり。
宗綱も同じ師を引返さんとす。密に兵を分つて山間の樵路より兵を進め、
大沼田といふ所に廻り、
顯長が前路に令
㆑出。
顯長之を知らず。
宗綱も陣拂して段々に引行く。今は漸遙に隔り、又後襲の恐なしと思ひ、用心の備稍怠り、諸勢の足を亂して引行く。
宗綱は廻備の出合程を量り、俄に旗を還し、
顯長追廻備の勢橫合に出で、
顯長刀備を突けば、
顯長大に敗して追討に逢ふ者甚だ多し。
宗綱思ふ儘に利を得て
唐澤に歸る。