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三宅家義
本文表記 三宅・三宅三大夫・三宅藤十郞・藤十郞・三宅若狹・若狹
井口兄弟武勇の事 卷之五 · 5
- p01…州にて秀吉の命を請け、長の坪といふ城を攻め落し、井口猪之介、三宅藤十郞に其城を預け、孝隆は秀吉の先陣たる處に、其城より逃落ちたる者…
- p01…に、其城より逃落ちたる者共一族を催し、其夜攻め寄せたり。井口三宅、人も少く、攻め破りて普請も未せざれば守り難し。殿未だ遠くは…
- p01…くは行かせまじ。切り脫けて參り後卷の事申すべし、と云ひ合せ、三宅は百二十人許にて搦手に有りしが人數を殘し、二十人許を連れ圍を…
- p01…に大音上げ、此城の大將井口猪之介ぞ。首取れ、とて自害しけり。藤十郞は後三宅若狹とて武名あり。猪之介に三人の弟あり、六大夫、甚十…
- p01…、此城の大將井口猪之介ぞ。首取れ、とて自害しけり。藤十郞は後三宅若狹とて武名あり。猪之介に三人の弟あり、六大夫、甚十郞、與一之助…
黑田家岐井谷合戰の事竝小川傳右衞門野村太郞兵衞岐井友房を斬る事 卷之九 · 11
- p01…に召され候へ、と言へ共聞入れず。早上帶を解かんとせられけるを三宅三大夫後に若狹走り寄り、大將の自害の所にては候はず、とて搔抱…
- p01…へ共聞入れず。早上帶を解かんとせられけるを三宅三大夫後に若狹走り寄り、大將の自害の所にては候はず、とて搔抱き馬に打乘せ…
- p01…鎗を持ちて步立にて續きたり。一揆長政と見知り餘さじと附慕ふ。三宅、菅、木屋を始として岡本彌兵衞、小河久大夫、坂本七左衞門已下…
- p03…、毛利輝元を賴み和平しけれども、友房は病とて出ず。中津川より三宅三大夫、岐井谷より傳法寺兵部、使者往來して互に物語しけるに、或時三…
- p03…夫、岐井谷より傳法寺兵部、使者往來して互に物語しけるに、或時三宅言ひけるは、友房內室なしと聞く。勘解由に妹あり、婚禮あらば如…
- p03…、と云ふ。傳法寺、夫は悅ばしき事なり。能計はれんや、と言ふに三宅、我年若ければ老人と相計りてこそ、と言ひけり。傳法寺は敵の妹…
- p03…傳法寺は敵の妹を人質に取らんは然るべしとや思ひけん、わりなく三宅を賴みけり。三宅、我主君の心をも知らで容易にも申出でたる哉。…
- p03…人質に取らんは然るべしとや思ひけん、わりなく三宅を賴みけり。三宅、我主君の心をも知らで容易にも申出でたる哉。事調ずば面目も候…
- p03…など言ひて、長政に斯と告げて孝隆にも告遣りしかば密謀をなし、三宅に孝隆書を與へ、緣を結ぶは末賴母しき事なれども、例の麁忽なら…
- p03…を結ぶは末賴母しき事なれども、例の麁忽ならん、とぞ書れける。三宅傳法寺に語りて潛に其書を取出して見せ、吾をば常に麁忽者と戒め…
- p03…と友房に告げて、是より心置なく中津川へ出づべきにぞ定りける。三宅又迎に往けば友房三百人許にて山中を打立ちけり。三の丸の大手に…
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