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井伊家臣石川宗左衛門
本文表記 石川・石川宗左衞門
大坂にて石川宗左衞門江坂淸次郞組討の事 拾遺 卷之三 · 6
- p01…日本の諸士入り交りて戰はれたれども、組打は稀なり。井伊家の士石川宗左衞門、江坂淸次郞兩人組打せり。其首尾は、城兵突いて出でたる時、城…
- p01…坂淸次郞兩人組打せり。其首尾は、城兵突いて出でたる時、城兵と石川と鎗を合せたるに、相手の敵兵も鎗にて仕合ひたるに、如何したり…
- p01…たるに、如何したりけん、互に入りくみ鎗を捨てて太刀になり、敵石川が太刀を持ちたる掌を切附け、無名指小指を切落せり。故に太刀を…
- p01…。故に太刀を捨てて手と手と取合ひ組合ひたるに、敵は痩弱の男、石川は大兵にて腕先もありける故に、敵組伏せたれども、初に太刀にて…
- p01…他人の組伏せたる敵の首を我等は取ること嫌なり、と答へたる時、石川右の手を見せて、如此指を切られたる故、首を揚げ難し、と云ひ…
- p01…げたるとなり。井伊氏の本陣へ右の首を持參したるに、江坂は元來石川が組伏せたる首を揚げたる故に、中々我功に非ず、と有の儘に云ひ…
藤堂の士田中權右衞門組討の事 拾遺 卷之三 · 1
- p01…を取りたるとなり。凡大坂陣の時、諸軍の中にて組打は、井伊家の石川、江坂と、藤堂家の田中、此三士の兩組打迄なりとなり。…
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