常山紀談本文データベース

目次 › 拾遺 卷之三 › e579

○大坂にて石川宗左衞門江坂淸次郞組討の事

拾遺 卷之三 第19話 · 段落 1 · NDL 1078984 415コマ R

人物地名家(氏)官職日付索引へ

大坂にて日本の諸士入り交りて戰はれたれども、組打は稀なり。井伊家の士石川宗左衞門、江坂淸次郞兩人組打せり。其首尾は、城兵突いて出でたる時、城兵と石川と鎗を合せたるに、相手の敵兵も鎗にて仕合ひたるに、如何したりけん、互に入りくみ鎗を捨てて太刀になり、敵石川が太刀を持ちたる掌を切附け、無名指小指を切落せり。故に太刀を捨てて手と手と取合ひ組合ひたるに、敵は痩弱の男、石川は大兵にて腕先もありける故に、敵組伏せたれども、初に太刀にて右の無名指と小指を切られたる故に、首を取るべきやうなし。我が方を見れば、味方の兵江坂淸次郞續きて控へたる故言かけて、是首取り候へ、といへば、江坂は十七歲の若武者なるが、他人の組伏せたる敵の首を我等は取ること嫌なり、と答へたる時、石川右の手を見せて、如㆑此指を切られたる故、首を揚げ難し、と云ひたるを聞きて、其儘敵の首を揚げたるとなり。井伊氏の本陣へ右の首を持參したるに、江坂は元來石川が組伏せたる首を揚げたる故に、中々我功に非ず、と有の儘に云ひたる故に、兩人とも御感にて、同列に加增ありたるとなり。