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備前明禅寺城
本文表記 妙禪寺の砦・妙禪寺・備前上道郡妙禪寺の砦
遠藤喜三郞三村家親を打つ事竝備前明禪寺合戰の事 卷之二 · 7
- p03…の城に在り。父の弔軍せんとて先謀を廻らし、備前上道郡澤田の西妙禪寺の砦を攻め取るならば、直家沼の城を出て攻むべきなり。其の時後詰し…
- p03…軍すべし、とて撰りたる軍兵四百人、夜に紛れ三棹山より押寄せ、妙禪寺の砦を攻め取り、藥師寺彌五郞、根矢與七郞等を入れ置きたり。果して…
- p03…め取り、藥師寺彌五郞、根矢與七郞等を入れ置きたり。果して直家妙禪寺の砦を攻めたりければ、間に入りたる者松山に馳せ歸りて斯くと告げけ…
- p03…祠の前より旭川を渡り、旭山の下より艮に向ひて、三棹山へかゝり妙禪寺の後卷とす。一手は石川左衞門尉五千許にて、首村ひやけばなにか…
- p03…刀を抽いて切りて棄て、馬に打乘り二十餘町の田の中を眞一文字に妙禪寺の砦に駈向ふ。先陣の者共後れて砦を攻め取り得ず。今旗本にて、無二…
- p03…日の宮の前を渡り、玉井宮の前を過ぎ、國富村近く進みける處に、妙禪寺にて討漏されたる者共落來りて、敵はや三棹山に取り上りぬ、と言…
- p03…ば能勢修理取りたりけり。元親は四御神村矢津の砦近く進む處に、妙禪寺の煙天をこがして燃え上るを見て、すはや城は落けるよ、と犇めき…
馬場重介武功の事 卷之十 · 1
- p01…與へられ、直家夫より重介と名を改めさせ、家の字をやられけり。備前上道郡妙禪寺の砦の合戰に、重介は刀、敵は鎗にて相戰ひ、溝を飛び越えて敵の手の…
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