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前田家臣松原久兵衛
本文表記 久兵衞・松平・松平久兵衞・松原久兵衞・伯耆・松原
巖石城合戰坂小坂先登の事 卷之八 · 1
- p01…衞門と言ひけるが、是は黑き吹貫押し立て坂に續きたり。利長の士松原久兵衞を始として先を爭ひ攻入り、終に城を攻落して首四百餘打取りたり…
淺井畷合戰前田丹羽の將士功名の事附松平久兵衞軍學鍛煉の事 卷之十五 · 17
- p01…前田利長の士松平久兵衞、若き頃より兵書を讀み一飯の間も懈らず。常に人に語りて云く、…
- p01…し引返す時、利長の士大將山崎長門守、淺井畷よりせん、と云ふ。久兵衞、道細く左右深田なれば、大軍の進退如何有るべき。半退きたらん…
- p01…べき。若軍を出さば押包み、一人も剩さず討取るべし、と云へば、久兵衞、長重は勇將なり。大聖寺の後詰に後れ、口惜く思ひて打出でんに…
- p01…んものを、と云ひけり。其夜物主皆張番を出す。山崎打巡り見て、久兵衞が足輕は何故に味方近くに置きたるや、といふ。久兵衞聞きも敢ず…
- p01…巡り見て、久兵衞が足輕は何故に味方近くに置きたるや、といふ。久兵衞聞きも敢ず、勝敗の理を知らず、敵を侮り勇に誇りて、利害に暗き…
- p01…かしたるならん、と罵りしを、側より、詮無き爭よ、と留めけり。久兵衞愈憤りて、强敵に當りて目を驚かさん物を、と思ひ定めて居たりけ…
- p07…兵を返して馳來る。水越縫殿介山城橋に於て、鎗を提げ敵に向ふ。松平久兵衞は太田が陣にて足輕を下知して居たりしが、銀にて飾りたる冑を著…
- p08…一說、松平は不破杢兵衞と鎗を合すとも言へり。…
- p09…相引に引退いて物別せしなり。後に利長二人の前後を問はれしに、久兵衞申しけるは、縫殿介は初より蹈止り候へば、一番誰か爭ふべき、と…
- p09…介は初より蹈止り候へば、一番誰か爭ふべき、と申す。縫殿介は、久兵衞敵に鎗を合せし事早く候へば一番に候、と申す。利長聞きて、武功…
- p09…功は猶及ぶ者有らん。斯く讓る志、萬人にも越えたり、とて一番を松平に定められ、共に感狀與へられぬ。松平此時祿五百石、後三萬石を…
- p09…にも越えたり、とて一番を松平に定められ、共に感狀與へられぬ。松平此時祿五百石、後三萬石を賜りて伯耆といひけり。…
- p09…られ、共に感狀與へられぬ。松平此時祿五百石、後三萬石を賜りて伯耆といひけり。…
- p10…一說、松平を松原に作る。何れか是なる事を知らず。一說に、此日金澤の士七…
- p10…一說、松平を松原に作る。何れか是なる事を知らず。一說に、此日金澤の士七人鎗を…
- p10…中にも、岩田傳左衞門小松方の手負ひたるを首を取らんとせしに、松平久兵衞、岩田今日晴なる鎗を合せ、其上に拾首何にかせん、と言ひしかば…
- p10…たり。引取口の殿と呼はらば、一芝居にて三度の功名なるべきに、松平が物師故、己が下知につけて引取らせし、とて後に悔みけるとなり…
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