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堀直寄
本文表記 直寄・丹後守・丹後守直寄・三十郞・堀丹後守直寄・堀丹後守直倚
越後國一揆堀直寄武功の事附千利休が事 卷之十六 · 13
- p01…り、堀左衞門督秀治が臣小倉主膳が下倉の城を攻むる。堀監物が子丹後守直寄、坂戶の城にて斯と聞き、後卷に駈向ふを、敵引違へて坂戶を攻め…
- p01…に駈向ふを、敵引違へて坂戶を攻めば如何あらん、と云ふ者有り。直寄未だ下倉を救はず。敵此城に攻め來らずば、敵の旗先をだに見ず口…
- p01…ふより早く打出でて下倉に向へば、小倉も門を開きて切つて出づ。直寄後より一文字に突懸り、一揆の長田丸右京を打取りたり。此告を坂…
- p01…書かする時、勝利を得候、と書かせしかば、如何あらん、といふに直寄嘲笑ひ、打負けば戰場の土とならんに、と云ひて出でられけり。一…
- p01…柿崎、齋藤已下五千許猶山に據り、前に平田を當てて陣しければ、直寄、昔太閤の前にて、允長老の孫子を讀みしを聞きたるに、兵…
- p01…今日奇を以て軍すべし、とて、山中數馬、速水織部に馬印を渡し、直寄は六百許引分けて林の中に待ち居たり。一揆馬印を見て進み來る時…
- p01…待ち居たり。一揆馬印を見て進み來る時、林の中より㗢と駈出で、直寄眞先に進みて思ひも寄らぬ不意を討つ。一揆二百餘討取つて切崩し…
- p02…直寄は秀政の長臣堀監物直政の次男なり。十三歲にて陪臣なれ共太閤の…
- p02…て陪臣なれ共太閤の小姓に召出され、左右を離れざる寵臣なり。初三十郞といひけるが後丹後守と稱す。太閤或時茶室に入りて火を點し炭を…
- p02…姓に召出され、左右を離れざる寵臣なり。初三十郞といひけるが後丹後守と稱す。太閤或時茶室に入りて火を點し炭を入るゝ時、千利休が幽…
- p02…はたと睨まれしかば、利休が形退きて坐す。太閤常の居間に出で、丹後守を呼んで、化物數奇屋に有り。叱り來れ、と言はれけり。直寄今年…
- p02…、丹後守を呼んで、化物數奇屋に有り。叱り來れ、と言はれけり。直寄今年十五歲なり。卽ち行く時、廊下の窓戶皆閉ぢて、偖數奇屋に入…
- p03…直寄幼少の時、紙手兒、土手兒、雛樣の物を玩びて、人の贈るにも他の…
堀直寄見切の事 卷之二十一 · 3
東照宮松倉市橋堀桑山別所五人へ御遺言の事 卷之二十三 · 1
- p01…も側に御座します。鈍帳の際に松倉豐後守重正、市橋下總守正總、堀丹後守直倚、桑山左馬助、別所孫三郞を召され、此五人忠ある者なり。且大坂…
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