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徳川家臣太田甚四郎
本文表記 太田・善大夫・太田甚四郞・太田善太夫
比定未確認:同定の根拠が十分でない項目です。
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 9
- p06…らりと飛入る。朝倉藤十郞、中山助六、戶田半平、鎭田市左衞門、太田甚四郞、齋藤久左衞門競ひ懸りて鎗を合す。依田朱塗の物具にて戰ひける…
- p06…懸けて引退く。寄手追詰むれば城兵切つて懸るを、中山鎗を合せ、太田弓にて指詰め引詰め射たりしかば、門に追込みたり。…
- p07…太田後善大夫といふ。或時士一人太田が許に來りて、吾は眞田家の浪人…
- p07…太田後善大夫といふ。或時士一人太田が許に來りて、吾は眞田家の浪人にて候。…
- p07…太田後善大夫といふ。或時士一人太田が許に來りて、吾は眞田家の浪人にて候。上田の軍の時相手に成り…
- p07…に成りたる者なり。其時射られし矢を携へ來れり、と云ひしかば、太田、斯る事は必ず側に聞く人の慥なる有りて證にすべし、とて呼入れ…
- p07…、彼眞田が士に對面す。其人申しけるは、上田にて出合ひたりと。善大夫怪みて、一番に出たるは、髭の多く有りし大男なりき、と言へば、…
- p07…。偖て分明に見定められし、と言ふ。偖て其次我なり、と言へば、太田、如何にも然なりき、と言へば、其時此の矢にて射られき、とて矢…
- p07…とて矢を取出す。彼の者は細野權之介といふ者なり。其後善大夫申して、細野を尾張の組附にしたりとかや。…
福島正則領國を召放さるゝ始末の事 卷之十九 · 3
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