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新発田重家
本文表記 治長・新發田因幡守治長・因幡守・柴田因幡守
新發田治長の事 卷之二 · 7
- p01…の蓮池まで攻入り、明日は鎌倉に赴くべし、とて軍評定有りし時、新發田因幡守治長其の比十五歲なりしが進み出で、斯る手配ならば、一定味方敗北す…
- p01…す。謙信怒りて、舌の柔なるまゝに物な言ひそ、と言はれしかば、治長居直り謹んで、今日より君臣の義を絕せ賜り候なば、小田原に馳參…
- p01…者よ。神妙にも申したる哉。明日の後殿をせよ、と命ぜられける。治長軍立云々爲可き、とて軈て事無く小田原を引き取りたり。治長後景…
- p01…る。治長軍立云々爲可き、とて軈て事無く小田原を引き取りたり。治長後景勝の世に及びて二心有りければ、景勝之を討たるゝに、新發田…
- p01…るゝに、新發田、五十野兩城を守りて、三年を經て城落ちければ、治長染月毛といふ馬に乘り、三尺五寸有りける光重の刀を抽き持ちて、…
- p01…似たりしとかや。井筒女之助此の馬を得て乘りしと言へり。又景勝治長を攻めらるゝ時、治長が士に波多野忠左衞門といふ强力の者あり。…
- p01…女之助此の馬を得て乘りしと言へり。又景勝治長を攻めらるゝ時、治長が士に波多野忠左衞門といふ强力の者あり。景勝の寄せらるゝ道二…
下野國小山にて上杉入庵議論の事 卷之十二 · 3
柴田因幡守退治上杉景勝出馬の事 拾遺 卷之一 · 3
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