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細川ガラシャ
本文表記 北の方
細川忠興の北の方義死の事 卷之十四 · 7
- p01…細川忠興の北の方は明智光秀が女なり。父謀叛の時忠興に向ひて申されけるは、父な…
- p01…有りて、諸大名の北の方を呼入れて饗されし事の有りしに、忠興の北の方斯と聞き、女の人なくて一間に入りて他人に見ゆる事やある。我も…
- p01…ひて兵を起す時、諸大名の北の方を大坂城中に取入れんとするを、北の方聞きて、傅に附けられし河喜多石見、稻留伊賀、小笠原正齋を呼び…
- p01…ずば亂入りて奪取らん、と呼はりけり。女房儕狼狽て泣悲めども、北の方は騷ぐ色も無く、斯く有らんとは兼て思ひ設けつる事ぞとよ。正齋…
- p01…、其儘其處にて腹を切らんとせし處に、正齋が小姓走り來り、殿の北の方と同じ所に自害有らば、後の誹の候べき、と云ひければ、正齋、餘…
- p03…忠興の北の方形見とや思はれけん、手ずさみのやうに書き捨てて硯の中に入れら…
- p05…落出でたる女房の取傳へて世に殘りけるとなん。北の方は兼て斯く有らんと思はれしかば、幽齋の妹年老て宮川殿と申せし…
河村權七郞が事 卷之十五 · 1
- p01…ぬ時は自害を勸め、臣も御供申すべし、と云ひけるに、細川忠興の北の方自害の後、人質を奪ひ取る事止みたりけり。河村に二百石の祿を增…
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