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藤堂高刑
本文表記 仁右衞門・藤堂仁右衞門
大谷吉隆平塚爲廣最後合戰和歌贈答の事 卷之十三 · 1
- p05…み、其邊の田の中に埋み、先手に向ひ討死しけるを、藤堂の士大將藤堂仁右衞門其首を取りて御旗本に奉りけるに、東照宮、五介は聞ゆる者なり。…
藤堂家合戰渡邊勘兵衞功名の事竝渡邊始末の事 卷之二十一 · 8
- p03…さてこそと思ひ馬を引返し、道明寺を指して進む味方を押止むる。藤堂仁右衞門、何故ぞ、と問ふ。了、あれを見られよ。手に取る程に近き敵を打…
- p03…手に取る程に近き敵を打捨てて道明寺に行く樣や有る、といへば、仁右衞門も、尤なり、と同心しけり。高虎、何とて進む味方を押止むるや、…
- p03…辭退する事や候。相懸にして打破るの外道無し、といへば、さらば仁右衞門呼べ、とて下知せらる。了聞きて、此處泥にて足入なり。陣を備ふ…
- p03…、と云ひて、馬印は四五町ばかり後に控へさせ、細道を乘行きて、藤堂仁右衞門、桑名彌次兵衞等に斯くといへば、北より進む藤堂新七、同玄蕃等…
- p03…ければ、旗を後の卑き所へ下して立つるを、敵は北ぐる、といひて仁右衞門先駈して馬に鐙を合して、駈行きしかば、桑名乘續きて、一陣の下…
- p03…乘續きて、一陣の下知せられ候身に一騎駈は僻事なり、といへば、仁右衞門振顧りて、渡邊が己一人武勇に誇るが口惜さに、討死までよ、とい…
- p03…る時、一同に立上り、えい〱と聲をかけ鎗を並べて敲立てければ、仁右衞門其處にて討死し續いて懸りける。藤堂が軍兵㗢と崩れ、冑の緒を締…
- p03…旗を捨て我先にと逃ぐる處に橫樣に駈向ひ、盛親が亂足を追返し、仁右衞門等が討たれし地を踏敷きたり。盛親は矢尾一町ばかりの西に橋を後…
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