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목차 › 제1 상(第一上) › m1.031

아마노 마고시치로, 히로세의 사쿠마를 베다편집 표제

31 · 662자 ·편집 단락

然處に天野孫七郞を召て仰けるは、廣瀨之作間を切而參れ。切濟ましたらば、大濱之鄕に而百貫可㆑出。手を負はせる物ならば、同所に而五十貫可㆑出と仰ければ、作間を切ん事思ひも寄去事なれ共、御普代之主の御意負難。但御馬之先に而打死も安し、御前へ引出されて、頸を打れ申事も安し、然ども死る事者同前にはあれども、作間を切ん事心を盡しても成難。然と申ても普代之主の仰者負れず候成。成程者狙ひ候而、成は死迄と思ひ定而、御請を申罷立、道々案ずるに別之儀も無。作間を切んに者、先作間處へ行而、奉公をして案內を見置て切んと思ひ而、其寄して作間方得奉公とて行ければ頓而置にけり。然程に能奉公をする事獨樂をまはすがごとくに使ければ、大方成氣に入而後は膝本近使れて寢間のあたりを徘徊する。仕濟したりと思ひ而、今は時分も能折と思ひ而、人侒まりて寢間に忍入而見ければ、作間は前後もしらずして臥したりけり。天野孫七郞立寄而、起きば當るを最後に切べしと思ひけれども、能ふしたれば、胴中と心得けるが、いやいや夜之物多く著て、綿が厚ければ身にとほる間敷と思ひ而、細頭を切んと心懸而、夜之物のはづれを、月あかりに見而、以てひらいて切付ければ、戮れ而作間少も身を動かさずして居たれば、切戮たりと思ひ而出ければ、早邊寄もなりを立れば、早城之內𠋺ければ、へいを乘而北とて、刀を跡得取落せども、取に歸らん事も成して捨而來り而、此由角と廣忠得申上ければ、刀をおとしたればとて、其程の手柄をする故、取に下而死る事之あらん哉、少もくるしからず、手がら比類無、約束の如く出すべしと仰ける。