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水戶

第一 · 段落 4 · 780520 16コマ Lから

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人物 6 6 4 2 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1

地名 1 1 1 1

中納言源賴房卿は大御所第十一の御子、御童名鶴千代丸、慶長十一年九月廿三日、御年四歲にて常陸國下妻の地參らせらる、十万石同十四年十二月廿二日同國水戶の城賜ひ、廿五万石の地に三万石の地加へられて、廿八石十六年三月御元服有て、德川左衞門督殿と申、正四位下の少將に任し、參議を歷て、正三位中納言に至り、寛文元年七月廿九日薨し玉ふ、五十九歲、御子光圀卿、四位の中將より、從三位になり、家を繼て、後參議に任す、庶兄讃岐守賴重朝臣の嫡子綱方やしなうて嗣とし、みづからの男をば、賴重朝臣の嗣とし玉ふ、是は兄なれど賴重の家つぎ給はぬを、本意なく思ひ給ひし故とぞ聞えける、綱方四位少將兼左衞門督に任し、寛文十年正月廿二日廿三歲にて、世を早うし給へば、又賴重朝臣の二男を養て嗣とせらる、四位少將に任し、綱條と申まゐらす、
左少將兼讃岐守賴重朝臣は、賴房卿の長子なれど、如何なる故にてか、御子ともし玉はず、寛永十五年將軍家より召て叙爵させ、右京大夫になさる、松平と稱す十六年常陸國下館の城賜りて、五万石十九年に讃岐高松の城に移さる、十二万石從四位下侍從より、左少將に任し、讃岐守となり、寛文十三年二月十九日家を讓り、龍雲軒と號す、水戶の參議の御子して家繼がせらる、初め四位侍從兼右京大夫、家ゆづられて讃岐守に任し、賴常と申す、