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三河長篠城
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본문 표기 長篠の城・長篠・參河國長篠の城
酒井 第四上 · 3
- p005…かしこに押よせて、城中の兵と戰て、首餘多切て獻る、同き三年九月武田四郞、長篠の城を落さんと、遠江國を經て、三河國に打出づ、德川殿御父子、後卷あるべしとて…
- p005…餘騎、有海が原に出向ふ、勝賴武田兵庫介信實を先として、宗徒の侍大將七人、長篠の城の上、鳶巢の要害に籠む、小山田等が勢を引分て城を攻め、我身は一萬五千餘騎…
- p007…百餘人、取て返へして戰ふ、松平主殿助伊忠討れけれど、鳶巢既に攻おとされ、長篠の寄手、負軍すと聞えしかば、四郞が軍、うしろあらはになり行て、終には敗て…
本多 第四上 · 1
- p006…天正元年の秋、長篠の城を攻めらる、忠勝等相謀て、遠攻にす、敵怺へずして降りぬ、同三年五月、長篠…
本多 第四上 · 2
- p003…に、一方の大將を承り、城おちて後、酒井石川等と同しく守る、天正元年の秋、長篠の城を攻めらる、武田四郞勝賴うしろ卷せんとて、軍勢二手に引わけて、三河遠江に…
- p003…穴山一條山縣などいふ宗徒の者共、鞭鐙を合て馳せ來れども、御方既に引返し、長篠また落ければ、皆本國に引返す、武田家の古兵共、當家まけ軍の始めなりと…
榊原 第四上 · 1
- p001…軍兵を集めつゝ、城東郡のかた西郡へ靜かに引てぞ歸りける、また天正元年七月長篠の城を攻めらる武田四郞勝賴、後卷せよとて、武田左馬助信豐同刑部入道信綱を先と…
大久保 第四中 · 2
- p003…も此事を論したり、天正三年四月武田四郞勝賴、甲斐國を立て遠江國を經て、參河國長篠の城に押寄す、德川殿御父子後卷せんとて打立、織田殿に加勢を乞はる、御使度々に…
- p003…過ぎず、乘本瀧澤、二つの川、縱橫に流れて落合たり、勝賴敵近づきぬと聞て、長篠の城の上に當て、鳶巢といふ山に要害を搆へ、宗徒の士大將七人を留めて、其身は一…
戶田 第四下 · 1
- p001…增補に、戶田廣瀨やりを合せし事は、此後天正三年武田四郞勝賴が代になりて、長篠を攻めし時の五月六日の事と記せり、覺束なし、天正三年五月六日の戰は、吉…
奧平 第六 · 2
- p003…始とし一族、甲斐の武田に從ふ、貞能も亦これに同じ、天正元年七月、德川殿、長篠の城を攻め玉ふ時、後卷せよとて、武田四郞軍兵餘多差し遣す、晴信入道の卒せしを…
- p004…捨て、父子同じく御方に參る事、其志尤も深し、其賞これ輕かるべからすとて、長篠の城落し時、城をば信昌に下し給ひ、天正三年二月の事なり又第一の御娘を信…
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