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伊豆韮山城
본문 표기 韮山の城・伊豆國韮山の城・韮山
本多 第四上 · 2
內藤 第四中 · 1
- p005…ひ戰て、首切てまゐらす、小牧の陣に淸洲の本城に止められ、小田原の軍には、伊豆國韮山の城を下す、今年關東に移給ひしかば、此城を信成に賜ふ、一万石關が原の戰…
松平(松井) 第四下 · 1
- p005…三枚橋の勢出て戰ひ、丹後守安次討死し、安藝守信元が家子郞等多く討る、敵又韮山の城より出て三枚橋を攻めんとす、康親爰に在りと見て、終に近づく事を得ず、明れ…
北條 第六 · 5
- p002…せるあり、男子なけば長氏を聟にして其家を讓る長享二年十月、長氏高國寺より韮山の城に移り、嫡男氏綱を生む、又養父北條が孫女を、氏綱にあいせて、北條新九郞と…
- p003…せ玉ふ程に、氏政父子一族郞從を分つて、多くの城々にこめらる、美濃守氏規、伊豆國韮山の城にぞ籠つたる、諸所の城々悉く攻落され、今は小田原の城のみ殘りしかど、氏規…
- p003…る、諸所の城々悉く攻落され、今は小田原の城のみ殘りしかど、氏規が籠つたる韮山は、終におとされず、此所の寄手、上方の大名七人に、北畠内府の軍勢を合て五…
- p003…えず、德川殿、氏規が許に御使を給ひ、抑關八州の城々悉くに落されぬ、然るに韮山の城のみ落されず、氏規の名譽、誠に双ひなしといつべし、爰に太田十郞氏房、氏…
- p003…を得ず、關白殿も氏規、去々年使として、上洛せしより、見玉ひし者にて、今度韮山の城をも、固く守り、東西和睦の事をも謀り、氏政と死を共にせんとせし志の程を感…
細川 第七下 · 1
- p017…孝丹後に移りし時、父に属して峯山の城にあり、小田原滅ひし時、兄忠興と共に韮山の城攻落し、又文祿の初め朝鮮に向て、晋州の城を攻めて、名を外國に施しぬ、慶長…
蒲生 第十二上 · 1
- p003…年松坂の城を築て移る同き十八年春夏の間、關白殿に隨ひ相摸國に發向し、まづ伊豆國韮山の城を攻て小田原の城を圍み攻む、北條亡びて後、先陣承て陸奥國に向ふ、八月十七…
福嶋 第十二上 · 1
- p001…五年筑紫の陣に隨ひ十六年肥後國宇土の一揆を平らげ、同き十八年關東の軍には韮山の城攻め破り、文祿の初め朝鮮に押渡り外國に名を奮ふ…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히