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堀直寄
본문 표기 直寄・丹後守直寄・此人・三十郞直寄・堀丹後守直寄・丹後守藤原直寄・この人・堀丹後守
堀 第七上 · 3
堀 第七上 · 24
- p001…丹後守藤原直寄は、監物直政が男なり、直政尾張國の住人にて、織田殿に屬し、元の名字は奧田…
- p002…初め直政秀政が女に添ひて、雅樂助直清を設く、主の外孫なりければ世嗣とす、三十郞直寄は、母賤しければ、年長じぬれど世嗣とはせず、直寄童より太閣の御所に召仕は…
- p002…りければ世嗣とす、三十郞直寄は、母賤しければ、年長じぬれど世嗣とはせず、直寄童より太閣の御所に召仕はる、朝鮮の事起りし後、直寄十六歲の時、小山に至て…
- p002…じぬれど世嗣とはせず、直寄童より太閣の御所に召仕はる、朝鮮の事起りし後、直寄十六歲の時、小山に至て、毛利右馬頭輝元に就きて、望み申せしは、抑も仰せ蒙…
- p002…就きて、望み申せしは、抑も仰せ蒙りて朝鮮に行き通ふ輩、常にたらず、あはれ直寄も一度御使を承らばやと申しければ、太閣幼き身にて望み申す所神妙なりとぞ仰…
- p002…み申す所神妙なりとぞ仰られける、慶長三年、秀治越後國を給ひし時に及びて、三十郞直寄、丹後守に任ぜられ、かの國の目代になされ、坂戶の城を領す、殿下より一万…
- p002…國なれば、上杉が催促に從ひ、所々に賊徒起りて、下倉の城をせむ、八月二日、丹後守直寄、手勢引ぐし後卷し、五百餘人が首切らせ、自らも太刀打して首を取り、同き三…
- p002…繼ぐ、十三年、監物直政死して、嫡男雅樂助直清、父に繼て監物と名のる、直清直寄、母同じからざれば、兄弟の間睦じからず、父亡くなりて後、相論の事起りて、…
- p002…ざれば、兄弟の間睦じからず、父亡くなりて後、相論の事起りて、明る十四年、直寄坂戸を去て、關東に參り、將軍家に此由を申し駿河國に上り、一封の書に愁訴を…
- p003…創業記の說大畧かくの如し、但し直寄越後を追ひ出されし由を記せり、一說には、直寄坂戸より伊勢の桑名に來り、本…
- p003…業記の說大畧かくの如し、但し直寄越後を追ひ出されし由を記せり、一說には、直寄坂戸より伊勢の桑名に來り、本多中務大輔忠勝に、此由を告ぐ、越後守忠俊が妻…
- p004…十五年の春、將軍家駿河に趣かせ給ひ、閏二月二日、両御所、直清直寄兄弟を召し决せらる、兄の直清訴へに負く、越後守忠俊、直清を援けしに依て、…
- p004…に負く、越後守忠俊、直清を援けしに依て、主從共に罪かうむりて配流せられ、直寄は御家人に召し加へられ、信濃の國飯山の城賜る、二万石然れば初め四万…
- p004…しにや覺束なし、此年十月九日、駿河國府の城、故あつて殿舍悉く燒失せぬ、直寄火救うて功ありしかば、明る十六年地加へ賜つて賞せらる、一万石を加られて…
- p004…て賞せらる、一万石を加られて三万石を領す、此時美濃國にて賜りしにや、直寄が領信濃と美濃とにありき、…
- p005…直寄眞先に御寶藏に馳せ來て、火を救ひしに依て、數の御寶多くの金銀燒けず、又火…
- p005…處此處に捨置きけり、その頃は、世にかく火救ふべき具など儲へし人なければ、直寄が捨てたりし器取りて、火すくふ人も多し、今日の功、獨直寄に歸して、かねて…
- p005…へし人なければ、直寄が捨てたりし器取りて、火すくふ人も多し、今日の功、獨直寄に歸して、かねて用意の程も神妙なりと御感に預りしとなり、…
- p007…田に移り、同四年村上に移ると云ふ、悉く誤れるに似たり、古き人の申せしは、此人常の願に十萬石を領せば、時に乘じて天下をも知らるべき者なりといひしが、八…
- p007…祿、知行せしぞと問はれん時の爲なりといひき、當世に名利を求むる輩は、まづ此人の家に仕へん事を願ひしかば、高名の侍、多くありしとなり、すべてこの人の身…
- p007…、まづ此人の家に仕へん事を願ひしかば、高名の侍、多くありしとなり、すべてこの人の身の上、いろ〱の物語多き人なり、いま吉祥寺にある大佛の塑像も此人の模成…
- p007…べてこの人の身の上、いろ〱の物語多き人なり、いま吉祥寺にある大佛の塑像も此人の模成して庭にすゑおき、もてあぞひし所なりといふ、誠なるにや、…
- p008…直寄六十三歲にて、寛永十六年六月廿九日に卒す、嫡子兵部大輔直次、廿九歲にて寛…
- p009…丹後守藤原直時、故丹後守直寄が二男、父が卒せし時、其所領分ち賜ふ、越後村松の地三万石、開發の…
上總介殿 第十一 · 1
- p008…を刎らるべしと訴へ給ひしを、二人の御使とかく慰めまゐらせて罷り出づ、此日堀丹後守直寄、越後國に向ひ小笠原左近大夫長政、信濃國に向ひて城々を受取る、八月十二日…
松倉 第十二下 · 6
- p008…大和路の先陣して戰ひ、明れば五月七日の合戰に首五十三切て献る、軍終て後、堀丹後守直寄、重政と功を爭ひ兩御所の御裁斷を蒙て、重政が申す旨ことわりありければ、大…
- p009…日道明寺の合戰に、松倉が後陣に控へし勢亂れしに、松倉が勢の捨てたる旗を、堀丹後守拾ひ取て證とし、松倉既に迯け走るに及て、直寄が軍勢して助け候ひぬといふ、…
- p009…松倉が勢の捨てたる旗を、堀丹後守拾ひ取て證とし、松倉既に迯け走るに及て、直寄が軍勢して助け候ひぬといふ、松倉陣して旣に戰を合せんとする時、旗は陣のを…
- p009…へに立つること勿論なり、重政が後陣亂れたるに及て、捨てたる旗を拾ひし事、直寄既に重政に後れ來ること揭焉たり、且重政が勢逃くる敵を追ひ討つに及で、敵ま…
- p009…、重政これに力を得て味方を下知し、取て返し戰て勝つ事を得たり、かゝる所に丹後守直寄、銀の冑を着て糟毛の馬に鞭打て、おのが勢の眞先かけて、かたきのしりへに馳…
- p009…が勢の眞先かけて、かたきのしりへに馳せ向ふを見て候ひき、されば重政いりで直寄が助を請ひ候ふべきと申ければ、大御所聞召され去年重政が高虎と相論に及びし…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히