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富田信高
본문 표기 富田・知高・富田信濃守知信・信濃守知高・富田信濃守知高・信濃守源知高
藤堂 第七下 · 2
分部 第九上 · 5
- p003…に從て、奧に向ふ、上方にも亦軍起りぬと聞えしかば、政壽東國の御方として、富田信濃守知信と打連て、本國に馳歸る、上方の軍勢、伊賀國を平けて、伊勢國に向ふと聞ゆ、…
- p003…は要害無碍に淺間にして、一日が程も、怺へつべうも覺えずとて、己が城を捨て富田が安濃津の城に入て、城の東を固めたり、斯て數万騎の寄手、伊勢國に打入て、…
- p003…が安濃津の城に入て、城の東を固めたり、斯て數万騎の寄手、伊勢國に打入て、富田が城に攻近づく、政壽手の者引具して、打て出て、散々に戰ひ、自らも槍取て、…
- p003…、我身も數多痛手負ひ、能き敵と組て討死すべしとて、胡床に坐して待居たり、富田が郞從馳來り、樣々に敎訓して、城中にぞ助け歸りける、去程に、寄手の多勢押…
- p003…高野山木食の上人、來合ひて、敵味方を制して、軍を止め、色々に拵へしかば、富田は城を去りにけり、政壽同しく爰を出づ、關が原の戰、終て後、勳賞行はれ、所…
建部 第十下 · 1
- p001…長曾我部長束等の人々と、伊賀の國を經て伊勢の國に向ひ、安濃津の城を攻む、富田信濃守知信散々に戰ひ、味方攻めあぐんて見えし所に、光重が兵眞先に第二の城に攻め入て…본서 知信 표기
富田 第十二下 · 26
- p001…信濃守源知高は、或書には知照とあり左近將監某が男也、或書には左近將監信廣と…
- p003…其男信濃守知高、父に繼きてのち、慶長五年の秋東西の軍一時に起る、知高初より德川殿に從て…
- p003…其男信濃守知高、父に繼きてのち、慶長五年の秋東西の軍一時に起る、知高初より德川殿に從て東國に候ひしが、德川殿の御方として八月朔日東國を立て、…
- p003…が兵船に行き逢ふ、敵はさすが多勢なり、取籠められては叶はじと思ひしかば、知高頓て九鬼が船に近付て、大坂の御催促承て知高も馳せ參らんが爲に、急き東國を…
- p003…められては叶はじと思ひしかば、知高頓て九鬼が船に近付て、大坂の御催促承て知高も馳せ參らんが爲に、急き東國を去て唯今本國に戾り候と、誠しやかに語て其所…
- p003…城にぞ籠つたる、分部左京亮政壽も、おのが上野の城は要害然るべからずとて、富田が城に馳せ加る、去程に同き月廿三日長束大藏大輔政家を軍奉行として、毛利が…
- p003…、明れば廿四日分部左京亮政壽、城中より打て出て攻め戰ひ痛手おうて引退く、知高散〻に防き戰ふ寄手の中にも松浦伊豫守討死す、敵目に餘る程の多勢にて、入替…
- p003…破られて今は詰の城に閉ち籠る、廿五日の朝寄手既に詰の城に攻め入らんとす、知高城戶押開き打て出で大勢の中に切つて入る、宗徒の兵五百八十人枕を並べて討死…
- p003…も見えざりしに、高野山木食の上人來り逢て敵味方の戰ふを止め、さま〱に拵へ知高終に城を去て高野山に趣き、城をば毛利が手に受取て軍勢分つて守らせたり、か…
- p003…利が手に受取て軍勢分つて守らせたり、かくて關が原の戰終て後、此度の勸賞に知高所領の地を加へ賜りて本領を安堵す、二万石加へられて七万石を領すと云…
- p003…賜て移る、十一万石一說に十万石板嶋は今の宇和嶋をいふ十八年十月八日知高罪蒙て所領沒收せられ、森伊豫守に召預けらる、これ創業記に出つ、一說に奥…
- p004…知高が妻は浮田安心入道が娘、浮田左京亮が妹たり、左京亮後には坂崎對馬守と申せ…
- p004…京亮後には坂崎對馬守と申せしなり、この左京亮が家に浮田左門といふ者あり、知高が妻にも左京亮にも甥なりけり、左京亮近く召仕ふ小童を彼の左門親しう相語ひ…
- p004…を切てけり、安心入道、左門が誅せられん事を歎き、文かきて左門に持たせ婿の富田が許へ落す、左京亮、富田が許へ使立てゝ左門返し賜はるべしといふ、爰をも逐…
- p004…門が誅せられん事を歎き、文かきて左門に持たせ婿の富田が許へ落す、左京亮、富田が許へ使立てゝ左門返し賜はるべしといふ、爰をも逐電し畢んぬと答へしかば左…
- p004…ゝ左門返し賜はるべしといふ、爰をも逐電し畢んぬと答へしかば左京亮大に怒り富田と刺違へ死なんとて、慶長十年五月自ら安濃津の城に趣く、折ふし富田は伏見に…
- p004…大に怒り富田と刺違へ死なんとて、慶長十年五月自ら安濃津の城に趣く、折ふし富田は伏見にあり、左京亮又伏見に來りて軍せんと犇く、人々是を制しければ左京亮…
- p004…事將軍に讓り給ひぬ彼の御裁斷を仰くべしと仰せ下されしかば、此年六月十五日富田浮田伏見を立て關東に趣く、兩人が訴ふる所其證なければ御裁斷にも及び難し、…
- p004…伏見を立て關東に趣く、兩人が訴ふる所其證なければ御裁斷にも及び難し、其後富田は伊豫の國を下し賜り、左京亮は坂崎對馬守と申してけり、かの左門も富田が許…
- p004…其後富田は伊豫の國を下し賜り、左京亮は坂崎對馬守と申してけり、かの左門も富田が許に溜りかねて、彼處を忍ひ出で高橋右近將監元種が許に行て隱れ居たり、高…
- p004…溜りかねて、彼處を忍ひ出で高橋右近將監元種が許に行て隱れ居たり、高橋もと富田と親しきが故なり、知高が妻彼れを愍みて年毎に米三百斛を與ふ、都の商人これ…
- p004…出で高橋右近將監元種が許に行て隱れ居たり、高橋もと富田と親しきが故なり、知高が妻彼れを愍みて年毎に米三百斛を與ふ、都の商人これを傳へ送る、初め左門と…
- p004…れを傳へ送る、初め左門と同じく迯け失せし坂崎が侍一人ありけり、心變りして知高が妻の許より、左門に米與ふる由の文を取て、坂崎が許に持ち參て見せたり、對…
- p004…十八年關東に參る、此時大御所も關東に渡らせ給ひしかば、十月八日に將軍家に富田坂崎を召决せらる、坂崎此度は彼文を證としける上は、富田爭ふに辭なく罪を蒙…
- p004…十月八日に將軍家に富田坂崎を召决せらる、坂崎此度は彼文を證としける上は、富田爭ふに辭なく罪を蒙り、高橋も是にぞ坐したりける、左門も終に誅せらる、明れ…
- p004…罪を蒙り、高橋も是にぞ坐したりける、左門も終に誅せらる、明れば十九年三月信濃守知高が舍弟佐野修理大夫も、罪蒙りて所領沒收せらる、精しき事は佐野が傳に見えた…
古田 第十二下 · 1
- p001…せ上り都合其勢千二百人おのが城に立籠り、軍兵少々引分て安濃津の城に差向け富田信濃守知高を援く、侍十八騎足輕百人を差向くといふ去程に鍋嶋信濃守勝茂一万餘騎…
高橋 第十二下 · 2
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히