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毛利元就
본문 표기 元就・少輔次郞元就・この人・毛利大膳大夫元就・陸奥守元就・故陸奧守元就・毛利元就
毛利 第八上 · 24
- p003…中守弘元、當國高宮郡多治比鄕に住し、四人の男子あり、嫡子備中守興元、二男少輔次郞元就、三男少輔三郞元綱、四男上總介就勝、興元早世し、其子幸松丸八歲にて家を繼…
- p003…八歲にて家を繼き、十三歲にて死す、一說幸松丸九才にして早世すといふ元就就勝、興元が遺領を爭ふ、出雲國の守護尼子伊豫守經久、就勝に方人して、元就…
- p003…元就就勝、興元が遺領を爭ふ、出雲國の守護尼子伊豫守經久、就勝に方人して、元就を打亡さんとす、元就頓て吉田の城に立籠て、其由を以て義植將軍に訴ふ、將軍…
- p003…を爭ふ、出雲國の守護尼子伊豫守經久、就勝に方人して、元就を打亡さんとす、元就頓て吉田の城に立籠て、其由を以て義植將軍に訴ふ、將軍より本領安堵の御書を…
- p003…て吉田の城に立籠て、其由を以て義植將軍に訴ふ、將軍より本領安堵の御書を、元就にこそ下し給ひけれ、元就また長門の國に使立て、大內左京大夫義興に屬す、毛…
- p003…を以て義植將軍に訴ふ、將軍より本領安堵の御書を、元就にこそ下し給ひけれ、元就また長門の國に使立て、大內左京大夫義興に屬す、毛利家傳には此頃元就三百貫…
- p003…けれ、元就また長門の國に使立て、大內左京大夫義興に屬す、毛利家傳には此頃元就三百貫の地を領すといふ、一說に興元の遺領三千貫の地なりしともいふ、又是よ…
- p003…の地を領すといふ、一說に興元の遺領三千貫の地なりしともいふ、又是より先き元就、母の讓りを受けて、多治比七十五貫の地を領し、三百餘人を召し集めて、猿掛…
- p004…川駿河守興經と戰ふ事ありしに、吉川は、當國山縣新庄を領せしとなり、元就生年十八歲、吉川を助けて、武田が勢を打破り、元繁と組んで首を斬る、興經悅…
- p004…勢を打破り、元繁と組んで首を斬る、興經悅ぶこと限りなく、頓て其娘を以て、元就が妻となす、天文九年八月、尼子伊豫守經久、嫡男右衞門督晴久、父子六万騎を…
- p004…月、尼子伊豫守經久、嫡男右衞門督晴久、父子六万騎を從へ、吉田の城に向ふ、元就僅かに八千人を引具し、一日の間戰ふこと三度に及び、手合の戰、旣に勝軍した…
- p004…遠攻にこそ、したりけれ、大內此由を聞て、陶尾張守晴賢に、一万騎を附けて、元就を助く、明れば天文十年正月七日の戰に、元就先陣して、尼子が多勢を打破りぬ…
- p004…尾張守晴賢に、一万騎を附けて、元就を助く、明れば天文十年正月七日の戰に、元就先陣して、尼子が多勢を打破りぬ、毛利尼子と戰ふ事、年を經て、其勢既に疲れ…
- p004…、報ぜんとて、五千餘騎を率して、吉田の城に向ふ、淸重は元繁が子なり元就また武田が勢を打破り、首七百三十餘斬て、同き年の三月、淸重が金山の城に押…
- p004…る所に天文廿年九月朔日、大内左京大夫義隆、尾張守晴賢がために、失はれぬ、元就是を聞て速に晴賢を誅して、義隆の舊恩に酬いんとて、又晴賢と戰ふこと年を經…
- p004…ふこと年を經て、弘治元年十月晦日の夜、晴賢が六万餘騎、嚴嶋に陣したるに、元就が兵二万人、兵船に取乘て押渡り、夜に紛れて切て懸る、陶が軍勢、一支も支へ…
- p006…かくて元就が領するところ、安藝周防長門備中備後因幡伯者出雲隱岐石見、合せて十箇國、…
- p006…た備前の宇喜多が叛きしをも、子息等に攻めさせて、我身は安藝にぞ住しける、この人弓馬の道に暗からざるのみにあらず、敷島の道にも心を寄せ、よめる歌、秀逸の…
- p006…、一同に亂れ、三年を過ぐるまで、御即位の禮、行はるべきやうもなかりしに、元就これを聞きて彼の科を調進し、大禮既に成りしかば、其勳賞として大膳大夫にな…
- p006…御鎧直垂を下し賜ひて、鎭西の守護職に補せられしは、あり難かりし事共なり、元就多くの男子あり、嫡男隆元、大膳大夫二男元春、吉川駿河守三男隆…
- p006…る、嫡男大膳大夫隆元は、父に先立て卒す、其子中納言輝元なり、元龜二年六月元就七十五歲にて、吉田の城に卒し、嫡孫右馬頭輝元年十九歲にて家を繼ぐ、叔父元…
- p007…參議兼甲斐守大江秀元は、元就の五男、穗井田備中守元淸の男、元淸は備中國中山の城にあり、秀元は…
- p007…、元淸は備中國中山の城にあり、秀元は淸元第二の男と云なり初め元就卒し、嫡孫輝元家を繼ぐ、天正十二年、元春、隆景、備中の國に至り、秀元いま…
- p007…六歲なるべきにや、されど是はかの傳記の說あり隆景この幼き人の、父元就に似たまひし事の怪しさよ、如何さま只人にてはおはすべからず、輝元いまだ世…
龜井 第九下 · 1
- p001…等又自ら彼家の被官とこそはなりてけれ、伊豫守經久が男右衞門佐晴久が時に、毛利大膳大夫元就、安藝國に起りて、晴久と地を爭ふこと凡七年、永祿十一年の春、晴久終に戰ひ…
秋月 第十上 · 1
- p009…相語らひ、安藝の毛利に謀を合せて、軍起さんとす、種實大に悅ひ安藝國に渡て陸奥守元就に加勢乞て、二千餘人を引具し、豐前國柳が浦に打上て、豐前路を一日一夜に打…
金吾 第十二上 · 1
- p001…らず、隆景が請に因て其嗣とこそなされてけれ、其後隆景が計らひにて是れも又故陸奧守元就が孫なりける秀元して輝元が世嗣となす、輝元秀元は從弟也精しきことは…
平岡 第十二下 · 1
- p002…按ずるに平岡と云ふは元伊豫の河野が家第一の老なり、河野四郞通直は毛利元就の孫婿にて候ひしが、土佐の長曾我部元親が爲に戰負て元親に属す、豐臣太閤元…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히