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鍋島氏
본문 표기 鍋島
鍋島 第八上 · 6
- p001…て、駿河守に受領させ、本莊八十町の地を與へたり、按ずるに、大友少貳龍造寺鍋島四家、共に同流の藤氏なり、秀鄕四代の孫相摸守公光と云ふは、是れ龍造寺が祖…
- p001…所能成と云ふ、能成が後は、大友なり、二男武藤大藏亟賴平が後は、少貳なり、鍋島は少貳が家の庶流なり、○龍造寺記に曰く秀鄕七代の孫藤原季喜の時に、八郞御…
- p006…軍を制し、立花を勸めて降參させ、加藤が兵して、彼の城を守らせ、清正如水、鍋島立花の軍勢を押合せ、薩摩の國に發向す、嶋津また降を乞ひぬれば、戰ふに及ば…
- p007…紀伊守藤原元茂鍋島と稱す勝茂が長男、肥前の國小城の地を分ち領す、七万四千石承應三…
- p007…月十二日卒す五十三歲、其子加賀守直能つぐ、其子紀伊守直賴甲斐守藤原直澄鍋島と稱す勝茂が三男、肥前の國蓮池の地を分ち領す、五万二千石寛文六…
- p008…刑部大輔藤原茂繼鍋島と稱す勝茂が四男、肥前の國鹿島の地を分ち領す、二万石承應三年十…
立花 第八下 · 1
- p004…攻落す、關が原の戰、味方の軍敗れぬと聞て、本國に引返し、己が城に立籠る、鍋島が軍勢押し寄すと聞て、城中より打て出で、散〱に防き戰ふ、斯る所に、黑田入…
有馬 第九下 · 3
加藤 第十二上 · 1
- p005…一國を平均しぬ、清正一生の武略多き中にも、文祿の初太閤朝鮮を討たれし時、鍋島相良の人々と咸鏡道に攻め入り、清正一勢猶進みて北道兵使韓克誠を鏡城に虜に…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히