大永年中細川武藏守高國入道道永と稱す三好左衞門督と相戰ふ。三好桂川を渡りて高國の陣へ押寄する。波多野備後高國に怨ありて、丹波の兵を引具し高國に叛き、三好に與しければ、高國の軍敗れたり。高國の將荒木安藝守、百許の兵を引分ち、人々此有樣を見よ。月花酒宴の時の詞には似ざりしよ。恥を知る弓取無き世なりや。我只今道永の爲に命を捨てて恩を報ずべし。さらずば道永遁れ給はじ。此戰場を引退きたりとも、人並なれば强ち獨のみ誹らるべきに非ず候へども、義を義とせざるは弓箭取る身に非らず。各又眞の士となりて、我と同じく義を踐んや。否と思はんには强ゆべからず。如何、といへば、皆こは口惜き事をも承り候。日比の所存を知召さずと覺え候。爭でか斯る時穢き振舞を爲べき、とて少も落ちるべき色なし。荒木、さぞ有らん、寔に主從の契此の世のみには非ざりけり、と打笑ひて、京軍の崩るゝを他所に見て犇と折敷き待ちかけたり。阿波丹波の兵競ひ懸るを間近く引受け、我を誰かと思ふ。管領の下に荒木安藝守といふ者ぞ、と呼はり、一同に立上り、先駈けたる敵十人許突き伏れば、退る處を追立つる事五六十間許を限とし、はなれ〲になるべからず。遠く追詰めて疲れなしそ、と又そこに折敷き、懸る敵を待ち受けて突き退け、幾度となく戰ひたるに、敵討るゝ者數を知らず。荒木主從一人も殘らず討死しける間に、高國僅に近江に遁れ得たり。荒木平生士卒を愛するに悃情を盡せり。古の食を分ち衣を解き、樂を同じくし苦を共にするの風あり。少しの功有人を捨てず。或時荒木が親き緣ある人と、荒木が士の輕き者と倶に疫痢を煩ひけるに、療養力の限に心を附けて、緣ある人よりも勝りければ、之を恨みけり。荒木、緣者は我問はずとも心を附くる人あり。我何某は賤し。賤しき者は人疎にせん。我心を盡さずば療養怠り有らん。緣者を疎にするには非ざれども、先重き處に心を盡せるなり。無事の時は緣者親と雖も、事有る時は士卒の切なる故なり。親しき一族緣有りとても、陣々別れたれば互に死生も知られず。士卒は戰場に死生を共にする者なれば、一人とても本意を失はん事我大なる患なり、と答へけるを、士卒聞きて、人々恩を思ふ事骨髓に徹せりとなん。