文龜三年細川武藏守政元の臣
澤倉といふ者、武略ありて
近江を半切り從へけれども、
蒲生下野守貞秀入道知閑、
音羽の城に據りて
澤倉と軍す。
澤倉、
音羽は山城なれば水乏しからん、とて水の手を取り切たり。
知閑、敵より見ゆる矢倉の前に馬ども數多率出させ、白くしらげたる米を桶に入れ、汲み掛けて人々裸になりて馬を洗ふ。
澤倉遙に見て、思ひの外に此城水多し。斯て久しく陣せば兵粮盡きなん、とて圍を解きて引退く處を、
知閑案内はよく知りつ、
小倉畷の要害に擊つて出で、一同に切り懸り、十分勝利を得たり。
知閑は
氏鄕の祖父なり。